01「配信者たち」

5/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 現在、彼の配信活動へのモチベーションは絶好調だといえる。 「今年は、大型コラボとかも企画してるから、みんな楽しみにしててね」  セオは、いつものようにそんな告知を配信上で行った。これはあくまで次回予告のようなもので、正確に企画の内容を伝えるものではない。したがって、仮にこの先予定していたコラボ企画が何かのトラブルで破綻してしまったとしても、別の内容の企画と置き換えることができる。  彼がトップストリーマーになるまでの過程で身についたテクニックのうちの一つであった。 「みんな、今年は良い一年になるといいね」  セオは、リスナーに向かってそう投げかけた。チャット欄では、今もたくさんのリスナーのコメントが飛び交っている。セオは、それをいつも通り慣れた手さばきで拾っていき、面白いと思ったコメントから順に拾って読み上げて反応する。  彼は、そうやって配信上では基本的に常に喋り続けている。毎回数千単位の同時接続数を保持している彼のチャット欄は、毎秒新しいコメントが流れてくるのだ。彼の雑談配信は、それに全て目を通した上で、厳選されたコメントに反応することで成り立っている。まばたきを一回しただけで、画面上の一番下にあったはずのコメントが、新しいコメントが来たことで一番上の端っこに移動してしまうなんてこともザラにあるのだ。それでも、彼は常に喋り続けた。リスナーはコメントが読まれれば喜んでくれるし、そうしたらまたセオの配信を見ようと思ってくれるのだ。雑談配信でトップストリーマーになるには、常に喋り続けるしかなかった。  そして、そんな血の滲むような努力の末、今がある。  十七歳で日本のトップストリーマーだと胸を張って語れるほどの名誉と実績を手に入れ、そして今、新しい年を迎えようとしていた。  セオは配信をしながら、しみじみと、自分が到達した頂点を噛み締めていた。    その時だった。 『セオは大会出ないの?』    そんなコメントがチャットで流れたのを、セオは確かに見逃さなかった。  そのコメントは、たちまちチャット欄をざわつかせる。 「お、今誰か、地雷踏んだなぁ」  セオは、冗談交じりの声でそう言う。 「いいんだよ、僕は。どうせ下手だし、みんなにも迷惑かけるだろうからさ」  そして今度は優しい声でそう言った。  セオのその落ち着いたレスポンスに、リスナーはまた彼の魅力に引き込まれたのだけれど、実際、彼の顔は引き攣っていた。声では優しさを表現できても、配信上に載らないその目や口角は、まるで痛い過去を覆い隠すように笑顔を取り繕っていた。  因みに、彼は基本的に、配信で「顔出し」をしない。カメラで自分を配信上の画面に映すことは殆どないのだ。これは、彼が「声から連想されるイメージを潰したくない」という理由のもとの選択であった。  とはいえ、SNSで配信者「セオ」の名を調べれば、次に彼の顔写真ぐらいは簡単に調べることができる。  彼は現在複数のライブ配信プラットフォームで配信者として活動する上で、様々な配信者達のマネジメントを目的とした、とある事務所に所属している。その所属事務所の公式サイトで彼の顔はいくらでも確認することが可能なのだ。しかも、彼は事務所の公式サイトの所属配信者一覧のページで一番上の目立ちやすいところに自己紹介が掲載されている。理由はもちろん、彼が最も人気があり、所属配信者として実績を持っているからである。  だから、別に彼は配信で顔を出すのが社会的に怖いというわけではない。事務所の企画で行われた他の所属配信者と実写でコラボ配信をした際は、もちろん彼の顔は全国ネットに載ったわけだし、今更恥じらいが残っていたり、失うものがあるわけでもなかった。何なら、彼の顔は、「どちらかといえば整っている」とリスナーの間では通っている。他の配信者に、「なぜ顔出しをしないのか判らない」と言われることが稀にあるほどだった。    そこまでして彼が顔出しをしないのは、ただアーカイブに残った自分の顔が嫌いだという根本的な理由が強かった。今も、リスナーのたった一言に動揺して顔を歪めている姿がアーカイブに残ることがなくて、心の底で安堵してしまうほどである。 「僕は別にいいんだよぉ」  彼はふざけながらそう言う。 「あ、それとお前らが勝手に話進めやがったアイドルユニットの件も断ってやったからな!」  彼は半ばふざけながら、声を荒げてみせた。現在彼の所属している事務所では「配信者でアイドルユニットを作ろう」という話が持ち上がっていた。もちろん彼は参加する気など毛頭なかったが、リスナー達はそうではなかった。事務所のホームページでユニットを組んで欲しい配信者のアンケート調査フォームが開かれた際、セオのリスナーはそのアンケートに彼の名前を書いていった。彼の保持するファンの数は事務所内でトップである。結果として、アンケート締め切りまでに彼に集まった票は他の所属配信者の三倍近くであった。  リスナーたちはその発表を聞いて歓喜したが、セオは発表を見た瞬間、事務所に電話をかけて辞退の連絡を入れた。      
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!