01「配信者たち」

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01「配信者たち」

 少しだけ喉の調子が悪いけれど、それでも前日から予定していた配信を辞めるわけにはいかなかった彼は、今日も配信開始のボタンをクリックした。  今、彼の声が、リアルタイムで世界中に発信されている。もはや彼にとって、それはありきたりな日常でしかなかったけれど、端から見れば、彼はインターネット界の著名人の一人であった。  ここ最近で、平均同時接続数は、優に六〇〇〇人を超えた。今日も、彼の配信を六〇〇〇人の人が見ている。六〇〇〇人が、彼のことを待ちわびていたというのだ。 「どうも。セオです。みんな待ってた?」  彼は、意気揚々にそう口を開く。マイクの電源が入っているかどうかは、配信前に三度確認した。証拠として、チャット欄では、今日も彼の声を聴けたことに歓喜する声が驚くべきスピードで流れていく。そのどれもが、まるで一日の締めくくりを、ここに吐き出しに来たかのように、各々の言葉で彼にチャットを送っているのだ。いわゆる古参だった者も多くいれば、俗にいう初見だという者も、この中にはたくさんいる。もはや、彼の配信に老若男女は問わなかった。  幅広い層で、彼の配信には需要があった。耳を撫ぜるような温かい声、無鉄砲で子供じみた発言、視聴者(リスナー)を楽しませてくれる企画力。そのすべてが、他の配信者と一線を画すほど抜きん出ていたのだ。  そして、彼は十七を迎えた今年、とあるライブ配信プラットフォームで日本の年間最高視聴率を樹立した。  それが、彼、人気配信者『セオ』である。  セオが初めてマイクの前で喋ったのは、彼がまだ中学二年生の時だった。そもそも彼がパソコンに初めて触れたのが小学一年生の時。最近の若者と比べても比較的に早い時期からインターネットと繋がりを持つことが多かった彼が、やがて配信者を夢見ることは必然的だったといえる。中学生なりに頑張って貯めたお金で、マイクを購入し、父親のパソコンで、当時一番流行っていたライブ配信プラットフォームで三十分ほど雑談配信をする。もちろん、配信活動を始めた当初から、今のような人気があったわけではなかった。配信を始めた当初は視聴者数が一人や二人だったこともざらにあったのだ。けれど、彼が配信活動を引退するようなことはなかった。  たとえどれだけ視聴者数が少なかったとしても、彼が途中で配信を辞めることはなかったし、たとえどれだけ周りの人間に馬鹿にされようが、彼がその言葉に左右されることはなかった。   なぜ、そんなことしてるんだ。  彼が配信活動を始めて1年が経った頃。とあるリスナーに、彼はそんなことを言われた。その頃は、ようやく彼の配信の視聴者数がたまに二桁を取るようになり、チャットでコメントが送られてくることも、段々と増え始めた時期だった。  楽しいからだよ、と、彼はその視聴者(リスナー)に答えた。  それは間違いなく彼の本心であり、それ以外の感情は当時の彼にはなかった。たとえ誰も自分の配信を見ていなかったとしても、それでも彼は、淡々とマイクの前で喋り続けた。なぜなら、配信すること自体が彼にとって幸福そのものだったから。  自分の声を世界中に発信するということに、躊躇いは一切なかった。  この活動が誰のためにも、――自分のためにすらならなかったとしても、そんなことは彼にはどうでもいいことだったのだ。  ただ、マイクの前で喋ることが楽しくて、楽しくて、どうしようもないほど嬉しかった。  しかし、彼は高校生に上がって、初めて「楽しいだけじゃ、どうにもならない」ことを思い知ることになる。      
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