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01.パンケーキ
土曜日はさすがに一息つける。
昨日オペした肺癌の患者さん二人の術後管理を重点的に診る必要はあるけれど、やはりオペが入ってないというのは大きい。オンコールや当直の入っていない土日は食べ物の味がわかるようになる。日曜日はさすがに翌日からのスケージュールが頭を占めるから、段々と何を食べているのかわからなくなってはくるのだけれど。だから若林先生達が土曜日を指定してくれて良かった。そうでなければ、せっかくの招待を楽しめないところだった。まあそれを承知で日程をセッティングしてくれたのだろうけど。
ところが、いつも飲み食いを楽しんでいるやつというのはいるものだ。今朝もキッチンから良い香りが漂ってくる。鼻歌まで歌ってやがる。整形は確かに運動器のオペだから、回復して当たり前、そのあたりの明るさは格段に違う。だからなのか、でも忙しさは外科と変わらないはずなのに、なぜか神原は時間を沢山持っている気がする、俺よりも。
「あ、おはよう、やっぱ早いな。」
ご機嫌な鼻歌を止めて、朝からやけにキラキラした瞳でこっちを見る。
「お前…もう料理とかしちゃってんの?」
「うん、だってせっかくの土曜日だよ。時間あるじゃん。」
「はあ、もう何て言うか素晴らしいよ、お前は。」
「はい?何訳わかんないこと言ってんの。それよりお前こそせっかくの土曜日、デートとかしないの?」
いきなり早朝にデートって思いつくか?しかも聞くか、普通。
「デート?何だそのキラキラワードは。」
「キラキラワードって。一色、どんどん面白くなってくるよね。すりゃいいのに、デート。」
デートデートと連発しながら、神原はパンケーキをひっくり返している。パンケーキ?もう何年も食ってない気がする。
「俺のことはほっとけよ。お前こそ、デートかよ。」
「うん。」
即答だ。聞いたこっちが驚くような。
「へ、マジで?」
「勿論、何のために土曜日があると思ってんの。さ、大皿出して。ナイフとフォークもね。俺とお前の二人分、よろしく。」
と清々しく笑っている。朝陽の差し込む台所で。
「お?ああ、サンキュ。いつも悪いな。」
金色でふっくらしたパンケーキが湯気をたててよそわれる。笑い声が聞こえてきそうな、楽し気なパンケーキ。神原はいそいそと、とっておきのブルーベリーソースがあるんだよね、などと言いながらその長身を折って冷蔵庫に顔をつっこんでいる。二人で使っている冷蔵庫だが、八割は神原の食品で埋まっている。俺のものは、せいぜいコーヒーの粉、スポーツドリンク、たまに飲むビール、そんなとこだ。全部飲み物関係。
「じゃあ食べよう。いただきます。」
「いただきます。」
二人で向かい合って食べる、ブルーベリーソースがかかって紫と金色になったパンケーキを。
「だから、俺今日遅くなるから。」
「一応帰ってはくんの?」
「うーん、微妙。」
「ああそうですか。聞いた俺がバカだった。」
「だから一色も寂しかったら、出かけなよ。」
パンケーキを堪能しています、というウットリした顔で神原が言った。こいつのこの整った顔。焦燥感とか屈辱とか一切関係ないところで生きてるんだろうな。俺とは究極の正反対か。でも俺はこいつが好きだ。明るくて真っ直ぐで、正しい。
「寂しくはねえよ。でも今日は俺も予定があるんだ。」
「へえ、そうなの?」
「おう。ボスの所にお呼ばれ。」
「ボスってどっちの?」
「嵐。」
「マジか。じゃあもれなく姫がついてくんじゃん。」
「ああ、そう二人の新居。」
「いいなあ、姫、綺麗だもんなあ、ドキッとしちゃうくらい。でも残念なことに、整形とかぶんないんだよなあ、なかなか。」
明るく残念そうに(神原しかできない芸当だ)言ってのける。
「…お前さあ、何か守備範囲広くない?」
「そうか?」
「この間は立花のこと、可愛いとかって言ってたろ?」
「お前しっかり覚えてんじゃん。」
クックッと笑いながら、大き目の一切れを放り込んで又もやウットリしていやがる。もぐもぐと咀嚼した後、
「立花さん、元気?」
と聞いてくる。
「ああ、元気じゃないか?今日一緒に呼ばれてるしな。」
「やったじゃん、一色。前進しちまえ、前進。」
いきおいよくフォークなんて振り回してる。なのに男前って何だ?
「しねえよ。何だよ、前進って。」
俺はこれ以上喋らなくていいように、パンケーキを口いっぱい頬ばった。むせそうになって、慌ててコーヒーを飲む。やっとパンケーキの塊が喉を滑り落ちて行った。喉が痛い。コーヒーをさらに飲む。やっと一息ついたところで、一部始終をじっと見られていたことに気付いた。
「素直におなりなさいな、一色君。」
両手を組んで顎なんか載せている。何をやっても絵になるやつって。まあ、呼吸器外科にはわんさといるな、そう言えば。
「まあ、いいか。今日はこの辺で勘弁してやるよ。」
そう言いながら、立ち上がって気持ちよさそうに伸びなんぞしている。全く休日仕様だ。
「じゃあ、俺もお前も今夜は頑張るってことで。」
言ってる内容は果てしなくイヤらしいのに、爽やかに微笑んでハイタッチなど求めてくる。つい返してしまった。温かな大きい手。俺も手は大きい方だけど。神原は普段骨を扱ってるからなのか、皮膚の硬い指のしっかりした大きな手をしている。
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