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03.SIX
SIXの入り口付近で待っていたら、立花が来たのがすぐにわかった。
病院でいつもわかるとのと同じに。でも今は随分距離があるのに、我ながらよく気付いたな。何だかもう立花センサーでも付いているのではないかと思ってしまう。あれ?でも何でこっちに来ないんだろう。ちょっと遠くに立ったままだ。白と青。パーティーの時もその組み合わせだった。冬空の色。良く似合っている。でも来ない。不可解だ。仕方ないからメールチェックを続けた。最近全然返事をしていなかったから、私用のメールはどんどん減ってしまったけれど。それでも、<K附属高校同窓会のお知らせ>が来ているのを見て興味が惹かれた。卒後10周年記念と書いてある。そうか、そんなになるか。何人かのクラスメートの顔が浮かぶ。もうだいぶ変わったかな。俺も変わったんだから当たり前か。一体今度は行ける日程なのか。そんなことを考えながらメールを読んでいたら、ようやく立花の声がした。
「すみません。お待たせして。」
何で立ち止まっていたのか知りたくて聞いたら、そんな簡単な質問なのに顔を赤くして、しかも怒ってまでいる。まただ。不可解な立花。挙句怒りながら謝ってくる。こいつは一体何なんだろう?足を踏ん張っている立花の背中越しに、黄色やオレンジの明かりが重なって金色に光る銀座の夜景が見える。輪郭の明瞭な冬の夜景が。俺は立花と待ち合わせをして、しかもどう見てもプライベートで会っている。この美しい夜の銀座で。なのに、目の前の立花はふくれている。俺が言うこといちいちに。こいつはどうやったら機嫌を直して、病棟でのように楽しそうに笑ってくれるんだろう。だから聞いた。そのまんま。そうしたら相変わらず怒ったまま、俺と一緒にいられれば楽しい、と言い放った。その瞬間、驚いたように自分の口を押えて、しまった、と大声で聞こえてきそうな顔をした。笑えた。誰かが俺といるだけで幸せな気持ちになる。ずっと、もうずっとそんなことはなかったし、今後起こるはずもないだろうと思っていた。そしてそれに対して何の興味も持てなかった。それなのに、俺の前にいる冬色の彼女は怒りながらあっという間に駆け抜けた。俺のそんな荒涼とした心象を。何だかおかしくなった。いとも簡単に越えて行ったのが、立花だったとは。この小さくて、でも時々大きく見えて、笑ったり怒ったりで忙しい存在。
しまったと思った後で、やっとリラックスしたような表情になった立花が、
「下りのエスカレーターはどこだろう?迷っちゃいますね。」
と言っている。その頭越しに俺は指さした。
「あそこ。」
「あ、さすが背が高い。羨ましいなあ。」
「そんなに高くないよ。先輩達に比べたら。」
「ああ、うちはすごいですよね、何だか。最初、呼吸器外科には身長制限があるのかって思っちゃいましたもん。」
「あはは。」
エスカレーターで下りながら、またじっと見られる。
「何だ?」
「一色さんの笑顔、素敵だから、何で病棟で笑わないんだろうって思って。」
「素敵?」
「あ。」
今度のは、またやっちゃった、という顔だった。下を向いてしまう。
「照れてんの?」
「いや、照れてません。」
「へえ、そう。」
意地っ張り。俺は心の中でつぶやきながら、隣の頭を見ていた。病院ではいつもアップにされている黒い髪の毛が、今日はふわりとカールして肩下までおりている。意外に髪、長いんだな。そんなことを思っていた。
「一色さん、やっぱり赤ですかね。あ、でも男の人は赤が好きみたいだけど、私達は白か泡です。どうしよう。」
店の照明の中でピカピカに陳列されているワインを、あれこれ言いながら次から次へと手に取っている。全然重そうじゃなく。そうだよな、外科医だもんな。白くて細い腕に見えても力はあるはずだ。それから、そうだった。女子ってのは、店でやたらと元気が出るんだったよな。すっかり忘れていた。そう言えば、最後にこんな風に買い物に出かけたのって、いつだ?待てよ、医大時代とかか。大昔に感じる。
「一本ずつ買えばいいんじゃない?」
「そうですか、そうですよね。うん、やっぱりそうだ。」
一人で納得している。そう言えば何でちょっと離れてるんだ、どうして隣にいない?近くに行くと、ちょっと離れた。面白くてまた一歩歩みを進めた。やっぱり少し横に離れる。
「立花さんさ、やっぱり胸が苦しいの?」
「え?」
「俺から離れよう、離れようとするでしょう。」
見る見るうちに顔が赤くなっていく。何だか気の毒になってきた。
「いいよ、その方が落ち着くならそれで。」
そう言って俺の方から離れた。何か言ったような声が聞こえた。意地悪って言ったか、今?
「何か言った?」
「いいえ、何も。」
そう言って今度はすましている。ふうん。
「ええと、じゃあ赤はブルゴーニュで、白はマルボロで良いでしょうか?これとこれです。」
やっぱり二本を軽々と持ち上げて見せる。
「うん、いいんじゃない。じゃあ会計、俺がするよ。」
「後で計算したいので、レシートお願いします。」
「おう。」
自分で持つと言うのを、チョコレートは任せたと言ってやっと納得させた。
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