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04.江の島 vs. 銀座
SIXでの買い物を終え中央通りに出ると、人また人で驚く。
ここは江の島かと思う。師走の銀座は夏の江の島に負けずとも劣らずだ。幾重かに重なる人の後ろで、横断歩道の信号が青になるのを待つ。色々な国の言葉が聞こえてきた。ここ何年かですっかり”国際的“な観光地になった銀座。ユニクロなんかでは、もはや日本人は後回しでなかなか買い物が出来ないとよく聞く。その真っ只中の四丁目の交差点だ。斜め左には和光の時計台が白く光っている。立花は相変わらず俺からちょっと離れて立っていた。その横顔を見ると、頬がちょっとピンク色に染まって、でも目はきらめいて向かいの三越を見ている。俺もつられて三越の入り口を見てギョッとした。人が溢れているじゃないか。この中に入って行くのか、これから俺らも。そう言えば、母親も嘆いていたな。そうだ、あれは三越の化粧品売り場だった。
「蒼介、聞いてよ。今じゃ、番号札持たされるのよ、三越のクレド・ポーで買い物しようとすると。しかもそれが47番とかで、もうダメ。買う気喪失。」
聞いた時には、そんなもんかと流していたけれど、今の人混みを見ると、あの時の母親にもっと身を入れて返事をするべきだったと反省する。
信号が青に変わった。皆が一斉に動きだす。うかうかしていたらはぐれてしまいそうだ。こんな距離をとっていたら、どんどん人が間に入ってくるぞ。微妙な心の機微、とかは江の島化した銀座ではもはや通用しない。
「立花、」
呼び捨てかよ、いきなり。でもそんなことを謝る余裕すらない。このままでは離れ離れになってしまう。俺はアイヴォリー色のコートを握った。驚いて振り返る顔を、三越店内からの明かりが柔らかく照ら出した。
「この人混みだから。」
「あ、はい。」
そのままコートの上から腕をつかんで、B2までのエスカレーターを下りた。この時間、食品売り場は禁忌だ。下手をすると満員電車なみに人をこずき、足を踏まれ、謝り謝られる。ようやく立花の目指すチョコレート売り場にたどり着いた。立花は着いたとたん、にっこりと笑った。俄然元気が出てきたようだ。俺は腕を放し、“さん付け”に戻った。ショーウィンドウに顔をくっつけんばかりにしている彼女に。
やっと買い物が終わり、外に出たら本気でホッとした。思わず深呼吸してしまう。まだ濃紺とまではいかない深い青の夜空に向かって。そんな俺に魔法のように、立花がさっき包んでもらったマカロンをくれた。もしかして自分用にも買っていたのか。温かな指先が触れる。この間の氷のような指とは違って、今日はきちんと血が行き渡っている指だ。良かった。そして自分もさっさと一口かじって、満足そうにため息などついている。元気がでてきたんだな。そう言ったら、またびっくりして俺を見上げた。そんなにわかりやすくてどうする、立花。
カカオの香ばしい香りのする茶色の塊を放り込んだ。甘さが疲れた体に沁みとおる。うまい。確かに速攻で元気が出る。でも喉が少しくっつくような感じがする。そう思った時に、立花が緑茶のペットボトルを差し出してくれた。有難く頂戴する。人混みで乾ききっていた喉に少しの苦味を残して、緑茶がさっぱりと流れ落ちていく。あっと思った時にはだいぶ飲んでしまっていた。謝りながら返すと、同じく喉が渇いていたんだろう、立花もすぐさま口をつけてごくごくと飲み始めた。その横顔を見るともなく見ていたら、急に目が大きくなった。今度は何だ。もしかして、間接キスだとか思いでもしたのか。どうした立花、まるで高校生みたいだぞ。でもいったん意識し始めると、俺までも無言になってしまう。俺もどうした、一体。部活でも男女構わず回し飲みしただろう。“間接”でないキスだってもう何回もしてきた。なのに、何なんだ。これじゃ、立花のことを笑えない。高校生どころじゃない、中学生のガキと同じだ。
無言のままで、華やかな銀座から少しひっそりとした東銀座方面へと歩いた。普段の歩き方だと速すぎるかと思って、速度を落として歩いたけど、それでも小走り気味になって立花がついてくる。ちょっと待って、と声が聞こえる。そう言えば、今朝、俺は待つって言ったな。今日は待つ日だ。俺は立花を待つ。立花が俺に追いつくまで。
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