After the Earthquake

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 僕はテーブルの上に紙を広げ、ペンを手に取った。それから少し考えて、ゆっくりと退職願を認めてゆく。今の会社に全く未練がないといえば嘘になる。大学を卒業してから十五年以上も勤めてきた会社だ。それなりに愛着はあるし、できれば切り捨てたくはない人間関係だってそこにはある。だけど、僕が賛成派として活動していく限り、これ以上会社勤めを継続するわけにはいかない。  もっとも、僕にはそれなりの蓄えもあるし、仕事などしなくてもしばらく生きていくのには何も困らない。だけど、もしも大阪やその他の地方が日本から独立するということになったなら、今の預金通帳に並んでいる数字は、何の意味もないただの数字の羅列になるのかもしれない。そういう意味では、金なんて今のうちに使ってしまった方がいいのかもしれない。  僕は何度も推敲しながら、一時間ほどかけて退職願を書き上げ、丁寧に封筒に入れた。今日、僕がこの退職願を差し出したら、上司の係長は驚いた顔をするに違いない。あるいは、僕を必死に引き留めようとするかもしれない。だけど、どんなに引き留められようとも、僕はそれを振り払わなければならない。僕は僕たちの目指す新世界のために全てを捧げなければならないのだから。  僕は封筒に入れた退職願を通勤用のカバンにしまい、インスタントコーヒーを淹れた。眠気で頭がぼんやりしていたけれど、コーヒーを飲んだおかげで、少しだけすっきりとした気分になった。それから僕は熱めのシャワーを浴びる。浴室から出てくると、午前六時半を少し回ったところだった。  携帯電話を確認してみると、アーサーからメールが届いていた。メールに記されていたのは、『コード二〇一、ポイントM一二、北一二〇〇、西八〇〇廃工場、一七〇〇』という一文だけだ。コード二〇一は、チームの参集命令。すなわち、午後五時にポイントM一二から北に一二〇〇メートル、西に八〇〇メートルの所にある廃工場に集合ということだ。おそらく、その場所が僕たちのチームに与えられた隠れ家なのだろう。僕たちはしばらくの間、その隠れ家で生活しながら、攻撃命令が下るのを待つことになるに違いない。今日、退職願を提出して会社から帰ったら、すぐにでも準備を整えなくてはならない。いよいよ本格的に僕たちの独立戦争が始まる。
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