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悩んだ挙句、僕は本を読みながら時間を潰すことにした。読む本は何でもよかった。僕は本棚の前に立ち、適当な本を手に取る。僕が取り出した本は、大地震が起きる前に流行した恋愛小説だった。まだ読んではいないが、ずいぶん話題になったし、ドラマ化もされたから、何となく内容は知っている。たしか、敵対する国の男女が深い恋に落ち、互いに国を抜け出して、逃避行を続けるという物語だ。この小説が流行っていた当時、なんてチープな小説が流行るんだろうと僕は思っていた。この小説を喜んで読んでいる人たちを軽蔑すらしていた。それでも流行には逆らえず、僕も結局この本を買ってしまった。そういう意味では、僕は自分が軽蔑していた人たちと何の変りもないのかもしれない。
僕はソファに深く腰を下ろし、コーヒーを啜りながら、本のページを一枚一枚丁寧に捲っていく。冒頭から各国の歴史やら、戦争の経緯やら、つまらない説明が延々と続く。僕ならばもう少し面白く書くことができるのにと心の中で思ってしまう。とはいえ、僕はこれまでに小説なんて書いたことはないから、本当に面白く書くことができるのかなどわかりはしない。僕はいろいろと不満を覚えながら、紙に並ぶ文を目で追っていった。
携帯電話が鳴る音で僕は目を覚ました。どうやら本を読みながら、僕は眠ってしまったらしい。どこまで読んだのかすらも、正確には覚えていない。とりあえず僕は携帯電話を手に取ってみる。すると、ディスプレイには、係長の名前が表示されていた。いったい今ごろ何だろうと思いながら、僕は通話ボタンを押して電話に応答する。
「もしもし。どうしたんですか?」
僕は電話に出るなり、そう尋ねてみた。
「どうしたじゃないよ。君の退職の件だ」
「退職の件? 僕は何と言われても、考えを変えるつもりはないですよ?」
「わかってるよ」
係長はそう言うと、電話の向こうでため息を吐いた。そのため息からは、明らかに諦めの感情が読み取れた。そして、少しだけ間を置いて、係長が再び口を開く。
「君の退職の件は、僕から課長と部長に説明して、了承をもらったから。とはいっても、君はまだずいぶん有給休暇を残しているだろう? それを全部消化する承認ももらっておいたから」
「ありがとうございます。でも、有給休暇の消化なんて、申し訳ないからいいですよ。ただでさえ会社に迷惑をかけてるんですから」
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