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僕は申し訳なく思ってそう言った。その気持ちに偽りはない。
「そんなことは心配しなくても大丈夫。僕だって、君がこれまでに会社に十分貢献してきたことくらいは知っている。課長や部長も残念がってはいたけれど、有給休暇の消化に関しては、少しも反対はしなかったからね」
「そうですか。では、ありがたく受け取らせてもらいます」
「それはそうと、君がしたいことって、いったい何なんだい?」
「それは今のところ秘密です。いずれ、みなさんにもお話するときが来るかもしれませんが」
「そうか。最近は賛成派や反対派の活動も活発になってるみたいだし、十分に気をつけて、元気でやってくれよ」
「わかりました。ありがとうございます」
僕はそう言って電話を切った。もしも僕が賛成派の一員だと知ったら、係長はどんな顔をするのだろう。きっと驚いて、今度は顎が外れてしまうかもしれない。僕は顎が外れた係長の顔を想像して、少しだけ笑った。そして僕は、日常に別れを告げることができたことに、ホッと安堵した。
時刻は午後三時半を回った。そろそろ家を出るのにちょうどいい時間だ。途中まで車で行くことも考えたけれど、今回はどれくらいの期間で戻ってこられるかわからない。愛車をいつまでもコインパーキングに停めておくわけにもいかない。僕はそう思い、バスと地下鉄で目的地まで向かうことにした。
家を出て、バスに乗り、地下鉄の駅に向かう。バスの中に乗客の姿は殆どなく、僕のほかには、子連れの若い女性と、老女が一人乗っているだけだった。こんな時間にバスに乗ることなんてこれまでになかったから、今日がたまたま乗客の少ない日なのか、あるいは、いつもこんな状態なのか、僕にはわからない。だけど、混みあったバスに乗るくらいなら、空いたバスに乗る方がずいぶんマシだ。それに、今の僕にとっては、できるだけ姿を見られない方が、絶対に都合がいい。だからといって、誰もいないバスに僕一人だけが乗っていると、それはそれで目立ってしまう。そういう意味では、このバスの状況は、僕にとって非常に好都合だ。
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