After the Earthquake

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 電話の向こうから、笑いを噛み殺すアーサーのククッという声が聞こえてきた。何が彼にとってそんなに可笑しかったのか僕にはわからないけれど、今はそんなことを気にしている場合でもない。 「アーサー、ということは、コード二三七ですか?」  僕は尋ねた。コード二三七は緊急召集を意味する。 「いや、本部の命令はコード三九六だ」  アーサーはそう答えた。コード三九六は待機命令だ。僕は小さく頷いた。そんな僕にアーサーは続けて言った。 「だけど、いつでも動けるように、準備だけはしておくようにお願いするよ」 「わかりました。いつでも動けるようにしておきます」  僕が答えると、アーサーはそれ以上には語らず、プツリと電話を切った。僕は携帯電話をポケットの中にしまい、キッチンに行って、手にしている缶の中身をシンクの中に流した。厳密に言えば、ビールを少しでも飲んでしまった時点で車の運転は控えなければならないのだろうけれど、実際のところ、酔うほども飲んでいないし、密会場(アジト)に行くには途中まで車で行った方が圧倒的に楽なのだ。それでも一応、念には念を入れて、僕は一リットルの水を飲み干した。  僕は服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びてから、黒いシャツと黒いパンツに着替えた。僕にはその服装が義務付けられている。一種のドレスコードだ。そして僕はリビングのソファに深々と腰を下ろし、テレビ画面に意識を集中させたまま、再び電話が鳴るのを待った。  三年前、大地震によって、日本の首都・東京は、壊滅的なダメージを負った。被害を負ったのは東京だけではない。横浜、川崎、さいたま、千葉と、首都圏の大都市は軒並み壊滅した。あらゆる高層ビルは崩れ落ち、高架道路を支える橋脚は倒壊し、ゆうに一千万人を超える人々が犠牲になった。瓦礫の山と化した首都圏の街々が連日テレビに映し出されていたのは、今でも記憶に新しい。  犠牲になったのは決して一般人ばかりではない。多くの政治家、財界人、そして、優秀な高級官僚たちも、もれなく犠牲となった。そうなると、当然のことながら、政治機能も行政機能も完全に麻痺してしまい、経済活動も完全にストップしてしまう。救済や復興の手立ても完全に遅れ、それが犠牲者増大の一つの要因にもなった。
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