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夜で道が空いていたせいもあって、タクシーは思っていたよりも早く目的地に到着した。僕は料金を支払い、クロエを連れてタクシーを降りる。そして、彼女と一緒に、真っ直ぐ自宅に向かった。
家を出てから二週間ほどしか経っていないはずだが、僕は数年ぶりに家に帰ってきたような気分になった。本当ならば、家に入ってゆっくりとお茶でも飲んで、それから出発したいところだが、それほど時間的に余裕があるわけでもない。それに、いつ僕たちに追手がかかるかもわからない。とにかく、僕たちは一刻も早く箕面大滝の駐車場に向かう必要がある。
僕の自宅の前に立ったクロエは、
「ここは?」
と尋ねてくる。
「僕の自宅だよ。本当はお茶の一杯くらい御馳走したいところだけど、今はそんな時間がなさそうだ」
「そう。でも、一つだけお願いしてもいい?」
「何だろう?」
僕が尋ねると、クロエは少し恥ずかしそうに俯きながら、
「トイレを貸してほしいの。ずっと我慢してたから」
と言った。たしかに、彼女は隠れ家でずっと繋がれていたし、僕の知る限りでは十時間近く用を足していないことになる。どうしてもう少し早くそのことに気づいてやれなかったのだろうと僕は少し反省しながら、家の扉を解錠して、彼女を中に招き入れた。彼女も時間がないことを理解しているのか、手早く用を足すと、すぐにトイレから出てきた。それから僕たちは僕の愛車に乗り込み、箕面大滝に向かって出発した。
車が出発してから三十分くらい、クロエも僕も口を開かなかった。カーステレオから流れる音楽が、ただ虚しく僕たちの耳を撫でてゆく。クロエに訊きたいことは山のようにある。だけど、訊きたいことが多すぎて、何から訊けばいいのかがわからない。それに、僕はそもそも女性と二人きりで話をするという状況に慣れていない。というよりもむしろ苦手だ。だから、この歳になるまで、恋人らしい恋人がいたこともない。
僕は夜の新御堂筋を北に向かって軽快に車を走らせる。そして、地下鉄御堂筋線の江坂駅を過ぎたくらいのところで、クロエが口を開いた。
「えっと、アタルさんでよかったんだっけ?」
「うん、アタルで大丈夫だよ」
「アタルさんを拉致したのは反対派なのよね? そして、そのグループのリーダーに、土曜日の午前三時に箕面大滝の駐車場まで来るように言われたのよね?」
「ああ、そうだよ」
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