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オレは春川に何度も連絡もした。もしかしたらいるかもしれないと春川と同じ講義に顔を出した。春川の家にも行ったが、もうそこには誰も住んでいる気配がなかった。
春川のお姉さんにも連絡して、春川の居場所を教えてもらうようお願いしたが、彼女はなにも知らないと言う。わかったら教えるね、と言ってくれたが、何度もしつこく連絡しているうちに繋がらなくなった。着信拒否をされたのかもしれない。
オレの生活は変わらないわけにはいかず、けれど、春川と出会う前に元通りというわけにもいかず、ただ無意味にふわふわと時間が過ぎていくのを眺めていた。
母親はピアニストだったなと、わざわざ調べてそのコンサートのチケットを買い、会場に行った。大きなホールの真ん中のたぶんすごく良い席で、どうしたら彼の母親と話せるかを考えていた。演奏なんてろくに耳に入って来なかった。
たくさんの舞台照明に照らされて、彼の母親が満足げな笑みを浮かべてステージの上でお辞儀をする。たくさんの拍手に見送られながら、舞台袖にあっさりと去っていく。
もちろん、一般人のオレは控室に行けなかった。出てくるのを待とうとしたが、閉場の時間になり追い出されてしまう。
「……はぁ、」
無駄足だった。そんなの最初からわかっていたはずなのに。それでも、じっとしていられなかった。春川への手がかりは見つからないまま、無情に時間だけが過ぎていく。
その後、父親は弁護士だと言っていたことを思い出して、母親の名前から辿って父親のいる弁護士事務所を探し当てた。有名ピアニストよりは話せるチャンスがあるだろうと都内の弁護士事務所に向かった。予想は当たり、受付で頼み込んだら次のクライアントが来るまでの十分だけだったが、父親と話す機会が得られた。
「なんだね君は」
突然の来訪に父親は眉を顰めた。オレが息子の友達だということを伝えたが、その表情は硬いままだった。
「深波くんの居場所が知りたいんです」
「……知らないんだ。以前住んでたアパートは解約したらしい。それから連絡も取ってないし、申し訳ないが私に訊かれても答えを持ち合わせていないよ」
「え、でも、」
それならもっと心配するだろう。どうしてそんな、淡々と言うのだ。オレばかりが焦っていく。
「だいたい、あの子のことは私もよくわからないんだよ」
「で、でも、あなた親でしょう?」
「ああ、そうだよ。でも、姉のほうとは違って得体が知れないし、私に懐きもしなかった」
「……」
「妻も私もあいつには手を焼いてるんだ。もう随分顔を合わせてないし、わかりあえたと思えたことは一度もない」
父親は「好きにしてくれ」と突き放したように言って、オレを追い払うように背を向けた。
「……なにを考えているかわからないんじゃなくて、わかろうとしてないんでしょう」
絞り出した声は、自分でもわかるほどにふるえていた。男は足を止めたがふり返らない。
「春か、深波くんは、得体の知れない子供じゃないです。今度会ったときは、少しで良いんでちゃんと話してください」
ちゃんと向き合ってください。自分で言ったのに、その言葉は自分にも刺さる。ちゃんと、向き合いたかったのだ。
けっきょく、春川についての情報はなにも得られなかった。
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