春の温度

18/22
前へ
/22ページ
次へ
 季節が巡った。まだ肌寒いが、桜のつぼみが膨らみ始めている。  春休みだが、履修登録に関係のある書類を大学に取りに行っていた。サークルの部室に顔を出す気にもなれないが、そのまま帰るのも嫌だったので乗り換え駅で降りた。そのまま大きいCDショップにでも寄ろうと思い、のんびりと駅の階段を下りる。  たまたま近道をしようと細い路地裏を入った、その時だった。  飲食店か何かの店の裏だろう。ゴミ出しをしている男の後ろ姿に、見覚えがあった。 「……」  日に焼けていない白い肌が、建物の隙間から差し込んだひかりを反射した。眩しそうに額に手をかざして、顔を上げる。  息を呑んだ。 「……春川」  オレの呟きが聞こえたのか、彼はこちらを向いた。そして、目を見開いた。 「……は、」  薄く開いたくちびるから、彼がどんな言葉を紡いだのかわからなかった。その言葉が聞きたくて、彼にもっと近づきたくて、抱き締めたくて、一歩踏み出した。  それに気づいた途端、固まっていた彼の足が動きだした。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加