春の温度

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 春川が引っ越した先は去年と二駅しか変わらなかった。案外近くにいたのに見つけられなかったことがわかって、少しやるせない気持ちになる。  準備するから、と言って浴室に向かった彼を、そわそわしながら待っていた。シャワーの水音が聞こえる度に、心臓がどくどくと高鳴った。 「お、大型犬が待ってる」 「おとなしく待ってたから」  僅かに頬を上気させている姿に緊張が加速する。 「おー、ご褒美やらなきゃな」 「っ、な、」 「なに妄想してんだよ変態」  床に座るオレを上から覗き込むようにして、春川は不敵に笑った。 「でもいいか、ヤる?」 「……え、あ」  言葉に詰まる。それはオレが拒絶しながらも、痛切に待ち望んできたことだった。 「なんだよその顔、おまえほんとに、」 「ん?」 「ほんとに俺のこと好きなんだな……」  春川は目を丸くして、淡々と言った。その言葉には揶揄いの意味は含まれていないとわかったけれど、それでも顔がかっと熱くなった。 「そ、そうだよ」  伝わったらいい。他の誰とも違うということが、彼に伝わったらいい。  本当は、突然連絡が取れなくなったことを責めたい気持ちがあった。なのに、そんなことどうでも良いと思ってしまう。 「店長にびっくりされたわ、突然抜け出したから」 「いや、ほんとにごめん」 「それにしても、そのTシャツ」  すぐにわかったと春川が言う。今日着ていたのは、一緒に映画に行ったときに買ったものだった。 「後ろ姿がおまえに似てる人とか、おまえが持ってたものと同じものとか、そういうものを見る度におまえのこと思い出した」 「オレはずっと春川のこと考えてた」  必死だったのだ。ずっと、春川に会いたかった。ただそれだけ。それだけのことが、途方もなく難しかった。 「会いたかったんだ。本当に」  なにかが喉の奥から込み上げてきて、声が掠れる。 俺もおまえにずっと会いたかった。春川はそう言った。
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