春の温度

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 シャワーを浴びたあと、オレたちは一つのベッドで泥のように眠った。目が覚めて外を見るとまだ薄暗い。ベッドサイドの置き時計を確認するとまだ六時まえだった。 「……ん」 「おはよう」  オレが言うと「はやいな」と掠れた声が返ってくる。一つのベッドではやはり狭くて、邪魔にならないように抜け出そうとすれば、引き留められた。 「……まだいろよ」  掛け布団から出た足をもとに戻す。すぐ横に春川の体温を感じた。  場所が変わっても春川の部屋はやはり綺麗で整頓されていた。棚の上には水槽が置いてある。 「……あれ、壁がなくなってる」 「一匹死んじゃったんだ。メスとは喧嘩しないから同じ水槽に入れてる」  なるほど、とオレは言って水槽のなかで優雅に泳ぐ二匹見つめた。 「先週、」 「ん?」 「先週、久しぶりに父親に会った」 休学していた大学の手続きの関係で会う必要があったのだと彼は言う。 「いい友達ができたんだなって言われた」  お、おう、と緩む口元を隠せないまま言えば、なに照れてんだよと言われてしまう。 「まあ、もう友達でもなんでもないけどなって思ったら悲しくて泣いた」 「えっ、」 「冗談だよ」  春川の冗談はよくわからない。もしかしたら本当なのかもしれないと思うと、複雑な気持ちになった。 「あのとき、なんで一緒に来てくれたんだ」 「あのときってどのときだよ」  知り合ってファミリーレストランで妙に気まずい空間を共にしたことを覚えている。 「いや、無視しようと思ってた、けど」 「けど?」 「顔が好みだったんだ。おまえに……やっぱなんでもねえ」 「マジ? オレと一緒じゃん。……って、なんだよ続きめちゃくちゃ気になんだけど」 「……やっぱ忘れろ」 「忘れられるわけないだろ」  壁のほうを向き、オレに背を向けた彼に手を伸ばす。 「ひっ」  後ろから抱え込むようにして服の上から乳首を抓むと、小さな声が漏れる。 「あ、可愛い声」 「黙れ。って、ひぁ、ッん、おい!」  そのままくりくりと捏ねたり抓ったりすると身体をふるわせた。やめろと言いたげにこちらを見るが、こちらの加虐心を煽るだけだ。 「朝からエロい顔」 「おまえのせいだろ!」 「春川なんか今日元気だね?」 「元気じゃない。あと名前」 「深波」 「……」 「そんなに名前で呼んでほしかったんだ?」 「もう黙れよおまえ……」  ふう、と長く息を吐く。 「で、なんなのさ」 「ん?」 「顔が好みだった、の続き」 「だから教えないって」 「ふうん、じゃこっちにも考えがある」  今度は服の下に手を忍ばせた。すっと肌をなでたあと、乳首を抓る。さっきの刺激で敏感になっているのか、  「いッ、っふ、ぅ」 「深波、ここ痛くされるの好きなんだな」 「んっ、ちょっと、やめ」  うしろから手を回して両方の乳首を摘んだりこねたりすると彼の身体がびくびくと反応した。力が入らないのか、オレの腕を縋るようにしていて、口とは反対に抵抗してこない。 「シミ、できてる」 「あ、見んなって、あ、もぉ、それ、やめ」 「昔はオレに乗っかって迫ってきたのにね」 「あのとき、とは、違」  ふいうちに弱いのだろうか。彼の表情には余裕がまったくない。 「乳首だけでこんなになっちゃうのか」  下半身にも手を伸ばす。スウェットをずらし、布の上から優しくさわれば、シミが広がった。 「ひっ、」 「びちょびちょだよ、洗濯しなきゃだね」 「いやっ、だから触るなッぁ」  手を押し返すようにつかまれるが、ぜんぜん力が入っていない。 「あ〜エロ……」  感慨に浸るように呟くと、「黙れ」と語気を荒げて言われてしまった。その顔が真っ赤になっているから、あまり威力はないのだけれど。 「で、続きは?」 「……おまえに一回抱かれてみたいなって思った」 「……マジ?」 「まあ、こんな、変態だとは思わなかったけど」 「オレも自分がこんな奴だとは思わなかった」  驚いているどころではない。こんなにふり回されてこんなに執着し続けたのは初めてだった。彼だけだ。今までも、これからも。 「春川。……あー、また呼び間違えた」 「俺には下の名前で呼べって言ったくせに」  案外素直に拗ねたような顔をするのが可愛い。 「ごめんごめん慣れてなくて……って春川、じゃない深波もあんまりオレのこと呼んでくれないだろ」 「は、呼んでるよ」 「ま、まぁ、昨日はたくさん呼んでくれたけど」 「馬鹿かよ。なに思い出してんだよ」  胸板を小突かれた。へへ、とオレは笑う。こうやって彼と一緒に朝を迎えられることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。 「でもいいよ、俺も足りない」  もう一回やろ、とすでに反応をみせる下半身を押しつけるようにして、彼はオレにすり寄った。 「えっ? あ、」 「葉月」  オレの名前を呼んで、彼は僅かに口角を上げる。 「へ、なに」 「好きだ、葉月。こんな俺でいいなら、好きになって」  なによりも求めていた言葉だった。なによりも求めていたこころだった。 最初から好きだって言ってるだろ。そう言ってオレは笑う。そうして心地よさそうに目を細めた彼を抱き寄せ、くちびるを重ねた。
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