春の温度

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 映画館に行って、それから近場にあった店に入った。アメリカから上陸したばっかりのファストフードのチェーン店だったらしく、次から次へと客足が絶えない。 「まだ泣いてんのかよ……」  呆れた声が飛んでくるが顔を上げることができない。 「だってぇ……」  いなくなった恋人にそっくりの男と繰り広げられるラブストーリーは、物語終盤でいなくなったかつての恋人がふたたび現れるという最後までスリルのある展開だった。新たな恋は本当に新たな恋なのか。それとも、いなくなった恋人に似ているから今目の前の男に恋をしているのか、考え出すと止まらなくなるような作品だった。 「水原」 「ん?」 「ついてる」  顔に春川の手が伸びてきて、オレの口の端を拭った。 「こっち」 「あ……ありがとう」  腕を伸ばしたためにシャツの袖の隙間から彼の細い手首が見えた。僅かに縛られたような跡が残るその白い肌に、一瞬で映画の内容なんか吹っ飛んで、オレの頭のなかはそのことでいっぱいになる。 「……」  オレは顔を動かせないまま視線だけでそれを凝視してしまう。 「なに見てんの、えっち」 「え? ええ、いやっ、そういうわけでは」  まるでオレを見定めるように疑い深い視線をしたあと、春川は冗談だよ、なんて淡々と言った。 「そういえば、彼女とかいないの」  頼んだコーヒーをストローでくるくると回しながら、春川はさらりと言った。 「え? ……あー、別れたんだよね最近」  電話であっけなく別れたミホのことを思い出すことはほとんどなかった。そう考えるとオレは冷たい人間なのかもしれないと思って焦る。そういえばあの日、電話も二分と経たずに切ってしまったし、彼女とはそれきりだった。  ふうん、とたいして興味もなさそうな反応をした春川をじっと見つめる。ああ、その顔が好きだなと思う。白い肌も、黒目がちな瞳も、細く長い睫毛も。ひかりが当たると透き通るような、つやつやしていて、きっとさわったら指通りの良いさらさらの髪も。 「春川、オレの名前呼んで」  たまらなくなって、気づいたらそんなことを口走っていた。 「水原」 「葉月って呼んでよ」 「……どうして」 「どうしてって言われても……オレが、」  オレがそう呼んでほしいから。小さな声でぼそぼそとそう言うと、彼の顔が見られなくなった。またげんなりとした顔でもされているのだろう。 「ふうん、わかった」  興味なさそうに彼が言った。そうして席を立ち、足を進めてしまったのでそれ以上なにも言えなかった。  ファストフード店を出てからも、ふらふらといろいろな店を見た。オレは春川の「いいじゃんそれ」という一言で軽率にやたら派手なTシャツを買ってしまった。 「人ごみ疲れた」  陽がすっかり落ちたあと、春川はぽつりと言った。そう言えば休日は家にいたいと言っていたのにオレが舞い上がって連れまわしてしまったことに気づく。 「ごめん、どっか入る? オレも腹減った」 「……帰りたい」 「そっか。じゃあ帰るか」  少し残念だと思ったが、しかたない。来てくれただけで万々歳だ。 「寄ってけよ」 「え、マジ? いいのかよ」 「デートなんだろ? いいよ」  ちょっとしたものならつくれるし、と春川が言う。 「え、つくってくれんの? やべえどうしよう」  オレが興奮している横で春川が呆れたようにため息を吐いた。 「あ、」 「なに?」 「でも、期待すんなよ」 「え、するよ。絶対美味いと思うけどな」 「そういう意味じゃなくて……いい」  春川は早足で歩き出す。オレは慌てて追いかけた。
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