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しばらくするとコーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。その香りを思いっきり肺にいれ込むと、残業終わりのこんな時間でヘトヘトになった体が少し軽くなる気がした。お湯を含んでシュワシュワと音を立てるコーヒー豆の音を聞き、ぽとりと焦げ茶色のしずくを落とすドリッパーを眺める。なんだか時間の感覚が麻痺してくるようだった。
何をするでもなくそれをながめているうちに準備が出来たようで、私の前にすっとコーヒーの入ったカップと小ぶりな三角のケーキが乗ったお皿が差し出される。店に入った時からずっと思っていたことだが、青年の所作はどこを一つをとっても、ちょうどいい具合に気持ちよかった。
「お待たせしました。こちら、おすすめコーヒーとケーキでございます。こちらのケーキは、その、なんと言いますか、カロリーオフのとても軽いものになっておりますので、どうぞ時間を気にせず召し上がってください。お客様のお口にも、合うとよいのですが」
時間が時間だからという青年の気遣いにも感動してしまう。仕事をしているときの殺伐とした空気や、砂漠の砂のようないらないところに入り込む気づかいとは大違いだった。
確かにこんな深夜にケーキというのは、少しだけ背徳感がある。しかし、私にとってはカロリーなど些細な問題だ。摂取したらその分使えばいい。ただ、それだけ。
「カロリーとかあまり気にしていないので、大丈夫ですよ。いただきます」
そう返すと私はまずカップを手に取り、そっと一口、淹れたてのコーヒーを口に含んだ。
「あ、おいしい」
自然とそんな感想が口から出てくる。心からこぼれた素直な言葉だった。
「それは良かったです」
青年はにこっと笑った。
コーヒーの苦さと香ばしさに、ふわふわと魔法がかかる心地がした。
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