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*黒フードのお客さん
――カラン
おいしいコーヒーを堪能しているとドアベルが鳴った。ベルの音に続いて店に入ってきたのは、頭の先からすっぽりと黒いフード付きのローブを被った人だった。確かに今日は冷えるけれど、そこまでの重装備できたか、なんてことを思ってしまう。黒フードの人はよほど寒がりなのか、それとも顔を見られたくないとかだろうか。
「いらっしゃいませ」
青年は私の時と同じように声をかける。
「マスター、今日も頼む」
入ってきた客はどうやら常連のようで、勝手知った風に入口近くのソファー席へどかっと腰を下ろした。私が座るカウンターは奥の方なので、少し目線を横に流すとその様子がうかがえる。首やら腰やら腕やらにつけられた鈍く輝くシルバーのアクセサリーが、黒フードの人の口調とは逆に、物々しさを醸し出していた。
「かしこまりました。今日もこれからお仕事ですか?」
青年もその客には慣れているようで、雑談を持ちかける。
「ああ、今夜はこれから3件もある。朝までに急いで終わらせねーと」
これから朝まで仕事だなんて。世の中には私以上に仕事が大変な人なんてたくさんいるんだな、なんて思ってしまう。こういうとき、仕事なんてそれぞれ、と頭では分かっていたってなかなか気持ちが同調してくれない。ちっぽけなふがいない自分に少々嫌気がさす。
「それはそれは。でしたら手早く、これからのお仕事への活力を用意せねばなりませんね。すぐに準備しますので、少々お待ちください」
黒フードの客にそう返すと、青年はまたコーヒーの用意を始めた。
私は手にしたカップをいったん置き、ちょこんと佇むケーキに向かうべくフォークを握る。お皿にのせられた小ぶりな三角のケーキは、なにかベリーのムースのようにも見える。ピンク色のつやっとした生地に、赤いソースがかかっていた。
角をすくい上げ、口へ運ぶ。舌の上に乗ったそれは見た目よりも軽やかで、すっと溶けて消えていった。疲れていた体に甘さがしみわたっていくのがわかる。同時に鼻へぬける何種類も複雑に重なり合った甘酸っぱい香りが嗅覚を惑わし、それだけで酔いが回りそうだった。
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