*黒フードのお客さん

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 私がケーキとコーヒーを楽しんでいるうちにどうやら向こうの用意が整ったらしく、青年がトレイを持ってカウンターから出ていく。小さなカップと四角く茶黒い塊が乗っているところを見ると、エスプレッソとチョコレートだろうか。看板にあった通り、本当にそのお客さんのためのコーヒーを出しているのだなとやけに冷静に感心してしまった。 「お待たせいたしました。お忙しいようですから、いつも以上に手軽にさせていただきました」  自分の手元より入り口近くの方が気になって、つい目で追ってしまう。青年がテーブルへカップと小皿をおくと、黒フードの人はさっとカップを持ち上げ、ぐっとあおるようにコーヒーを流し込む。続け様に一口大のお菓子を口に含み「ふう」と軽く息を吐きだすと、のんびりすることなく席を立った。 「ここのは相変わらずうまいね。やる気が出るよ」 「お褒めに預かり光栄です。ああ、こちら、先日お借りしたナイフです。いいですね、これ。とてもよく切れて。そのまま私がもらってしまいたいくらいです。人魚のサンドイッチもすっぱりでした」  青年が黒フードの人へ小型のナイフを手渡した。やり取りを見るに、黒フードの人は本当によく来ているらしいことがうかがえる。それに、話し口調からすると青年は意外とおしゃべり好きなのかも知れない。それにしても、なぜナイフ。そして人魚のサンドイッチとは、なんて奇抜な。 「いやいや、仕事道具を持って行かれちゃ困るよ。それに、これはあんたの手には余るんじゃないか? ま、今度、材料が手に入ったら、ちょっとは考えてやる。じゃ、ごちそうさん。またくる」  そう言い残すと黒フードの人はそのまま颯爽と店を出ていった。そういえばこのお店、メニューもないしお会計ってどうなっているんだろう。
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