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*またのお越しを
ひとしきりのんびりした後、さすがに眠さが襲ってきたため帰宅することにした。
「ごちそう様でした。ケーキもコーヒーも、とてもおいしかったです。ありがとうございました」
私はカップを置いて、青年にお礼を言う。
「いえいえ、楽しんでいただけたならなによりです。こちらこそお客様とお話が出来て、良い時間を過ごさせていただきましたよ」
どこまでいっても青年は爽やかにちょうど良く心に沁みる言葉を返してくれる。
「あの、お会計は。おいくらでしょうか?」
「お客様のような方からは、コーヒーセットで1000円、それとチップとして2時間ほどいただきます」
こんなに素敵なお店だしおかわりまでいただいているのだから少しばかり高いのではと身構えていたが、そこそこ良心的な価格設定に安心する。しかし、チップとは。
「すみません、チップで2時間と言うのは、何をどのようにお支払いすれば?」
さすがに分からなくて私は訊ねる。
「いえ、何もされずとも、こちらで勝手にいただきますので。いただくことを了承さえしてもらえれば大丈夫ですから、お気になさらず」
ちっとも分かる答えにはなっていなかったが、目の前の青年が気にするなと言うのだからきっと気にしなくて良いのだろう。
1000円札を一枚カウンターに置き、荷物を持って席を立った。青年がわざわざ店の前まで出てきて見送ってくれる。
「本日はお越しいただきありがとうございました。この先を道なりに行くと、あなたの知っている通りに出られるはずですよ。夜ももうとっくに更けています。まっすぐ、お帰りくださいね」
青年の気遣いに、最後まで感心しっぱなしである。
「こちらこそ、ごちそうさまでした。また、来ても良いですか?」
おそるおそる聞いてみると、青年は優しい微笑みとともに了承してくれる。
「ええ、もちろん。たどり着いた際にはぜひ、またいらしてください。うちとしても珍しいお客様ですし、お待ちしています」
改めてもう一度青年にお礼を告げ、「失礼します」と私は店を後にした。道なりに沿って曲がるとき、たどってきた足跡と同じ淡い光がお店の前に立つ青年の足下に浮かんでいたような気がしたが、止まらずに進む私にそれを確認する術はなかった。
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