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再会と···
スクリーンではブルースウィリスとポールニューマンが言いあっている。俺は座席でポテロングを咥えて見いる。久しぶりに映画館に一人できていた。何度も何度も見た映画だが飽きなかった。良き映画は廃れないものだ。静かに席を立ちホールに出た。瞬間がっかりする。近代的な広く大きいホールなのに森の中で迷子になってる感覚。昔の居心地良さはまるでない。ため息をついて映画館を出る。ここ数日仕事を探したり映画観たりだ。
駅前の山交ビルの中に入りあちこち見ながら上に上がっていく。
「成瀬?」
突然声をかけられる。振り向くと懐かしい顔があった。中学の唯一の同じ映画マニア。
「金井か」
俺は頬が緩む。同性の友人というのは何か嬉しいもんだな。
「映画か?」
金井が言った。
「あぁ、再上映のやつ」
「そっか。成瀬、ボーリングしないか?」
金井の誘いに乗って山交ビルのボーリング場へ一緒に行く。
金井が教室から飛び出す。
俺は金井を追っていく。
「マジだろうな」
俺は金井目掛けて怒鳴る。
「マジだって!」
アドレナリンが勢い良く出る。金井の情報が事実なら俺は飛び上がるほど感激だ。三年の時だった。後輩が俺のことが好きで告白したいからと金井に頼んだのだ。やっぱり恋をしたい年頃である。エロ本で発散し、エロビデオで発散する若者なのだ。恋イコールでセックスが結び付く。初体験自慢なんかならないのを自慢するクラスメートの話を興味なさげに聴いているが裏腹だ。
中庭に後輩は待っていたが、がっかりしたのはタイプではないという事実だった。
思い出してにやけた。
色々あった金井との日々だが、何故あの日の事を思い出したのかはわからない。
「敷かれたレールの外はどんなだ?」
金井が聴いてきた。ボールを転がし二本残した後だ。
「クソだな」
俺はボールを構えて金井に向かって言った。
「敷かれたレールの上もクソだよ」
金井は笑った。
俺は四本残した。うまい具合に転がらないもんだ。ボーリングは人生のようだな。
「成瀬に会う数分前に恋人に振られたんだ。ボーリングくるつもりだったんだ」
「恋人いるだけましだ」
「まぁな」
ボーリング場で思い出すのはバッファロー66だった。クリスティーナリッチがタップする名シーン。
「バッファロー66はいい作品だったな」
俺は思い出して言った。
「ヴィンセントギャロとクリスティーナリッチ」
金井は主演の二人の名前を言う。
「恋人はどんな女だったんだ?」
「25歳のそれはそれは美しいモデル」
「俺が付き合ってたと思ってた女の最後の言葉知りたい?」
「なんだよ」
「私とやれていいでしょ、最高じゃん」
由季恵の最後の名言を言った。
「自信過剰な女だな」
金井は笑った。
なんだかんだゲームはあと一球だけになっていた。
「俺がブルースウィリスだったらもっといい女と付き合うんだけどな」
「成瀬、まだブルースウィリス好きなのか」
呆れる金井。悪いか?カッコいいじゃんか。ダイハードのブルースウィリスもパルプフィクションのブルースウィリスもノーバディーズフールのブルースウィリスも。
「でもシネコンは嫌いだ」
これだけは言っておかなければならない。全日本へ、全世界へ、シネコンは嫌いだ。金井に向かって。
それから俺と金井はファーストフードで軽食をとって連絡先を交換して別れた。
一人になると少し寂しさを感じる。
一人でぶらぶらと歩く。
敷かれたレールを歩いていたらどんな事があったろうか。障害がなかったらクビにならなかっただろうか。これから何が待ってるんだろうな。なんてことは思わなかった。手術直前は死ぬかもしれないと恐怖してたのだ。なんてことはない。
死のうと思えば何だって出来るなんて誰か言ってだけど学がなければ何もできない。敷かれたレールの上をきっちり学び歩かないと社会に出たら一番にクビになる。結局俺は楽な方へ楽な方へと歩んでるにすぎなかった。敷かれたレールなんて大義名分だ。俺の父親の父親の父親の何代も前の父親が楽な方へ楽な方へと生きていたのがDNAを何代も受け継ぎ俺の番に回ってきたのだ。 俺が楽な方へ楽な方へ進むのを絶ちきるしかない。
この辺でちょっと俺の家族の話をしようと思う。中学の頃、手術の前、病気が発覚した時だ。母親は父親と離婚した。俺は母親に連れられマンションに住む事になった。それ以来父親の行方はわからない。何故こんな話をしたのか?
「省吾か」
ぶらぶらしてたら七日町で父親とばったり会った。
「親父?」
さすがにびびった。親父は若い女を連れていた。かなり若い。かなり美人だ。なんでこんな親父に?と驚くくらいに。親父に誘われて夕食を三人で食べる事になった。小百合さん、34歳、美容会社の経営者と聞いて、なんでこんな親父に?とまた驚く。母親と息子を捨てて逃げた男が幸せだったらムカつく?いや特に何も思わない。34とは思えない美しさ。俺が付き合いたいくらいだ。なんてうらやましい親父だ。食事をしながら俺は小百合さんに質問をした。「どこに住んでるか」「好きな男性のタイプ」「年下でも恋愛対象になるのか」「車はあるのか」「金持ちか」「なんで親父なのか」最後の質問は嫌味を込めた。親父に。堕落した国の堕落した王様。国に危機が訪れたとたん民衆を捨てて逃げた王様。
「ちょっとお手洗いに」と王様は持ち前の逃げを使いトイレへ行った。その隙に俺は小百合さんと連絡先を交換した。「俺と個人的に会ってくれます?」
小百合さんの返事はイエスだった。優しい声でいいよ。「なんで親父なのか」をもう一度聞いた。「しつこいのよ」とかなら俺は救われていたのだが「意外と可愛いのよ」と小百合さんは言った。「俺は意外とじゃなく可愛い」と言ってみた。小百合さんはクスクスと笑った。そこで親父が戻ってきた。親父はきっと体内にアセドアルデヒドっていうある種の毒物が体の中に生まれて身体中に巡って酔いという症状になっているだろう。つまりは酒を飲んで酔っぱらい状態という事だ。
「母さんは元気か?」
ここにきて親父は聞いてきた。
「どんな返事が嬉しい?親父が離婚してから死んだよとか、とっかえひっかえ男を変えて遊んでるよとか」
俺は親父を見ながら言った。
「どっちも嫌だなぁ、省吾と幸せに暮らしてるが理想だ」
「自分がとてつもなく美しい小百合さんと恋人だから余裕綽々なんだ、親父は」
「そんなことないぞ」
「あるね。俺たちを捨てて自由を手にしたと勘違いして自分に身の丈の合わない女性と付き合って、最低だよ」
「離婚したんだ、円満離婚だよ、省吾の母親とは」
「そう思ってんのは親父だけだ。病気がわかって大手術の時に親父は逃げた」
俺は言った。小百合さんは静かにやり取りを聴いている。親父はアルコールを体内にいれている。
「お父さんは確かに逃げるの得意よね」
小百合さんがポツリと言った。
ナイス。俺は大きく頷く。
滅び行く成瀬国の王様の罪状は?死刑。
親父は俺を見る。左右に頭が揺れてる。酒の勝利だな。「悪かったよ省吾」と呂律の回らない声で言ってテーブルに突っ伏した。イビキが流れる。
小百合さんはクスクス笑う。
俺は小百合さんの前に手を差し出す。
「今宵俺と」
俺は言った。小百合さんは手を握り「近いうちね」と微笑んだ。ちょっと残念。「親父送れる?」
「大丈夫よ」
小百合は言った。俺は小百合さんに任せて帰る事にした。
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