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その先へ
母親には父親に会った事は言わなかった。自分の部屋にこもり音楽を流す。母親はテレビを見ながら笑ってるらしい、声が聴こえてくる。小百合さんが裸で俺の前に立つ。もちろん妄想だ。ティッシュを箱ごと側に置く。小百合さんは妄想では大胆に激しかった。
「中卒で障害者?なんで隠していたんだ」
上司の軽蔑の目がふっと浮かんだ。俺は舌打ちする。差別的な目が、見下すような目が離れない。俺は何も言わなかった。俺は何だ?俺はお前ら健常者のどいつもこいつもぶっ殺したくなるよ!お前らどうして何の疑問もなく俺の事を中卒だの障害者だの呼びやがるんだ!同じ日本の、もっと言えば同じ地球で生まれて育ってんだぞ!もしお前が障害者だったらどうするよ?お前の息子でもいい、障害者だったらどうするよ?息子をそんな差別的な見下す目で接するのかよ。同じ人間なのによ。あー最低だよ、中卒の何が悪い?道を間違える事なんか誰だってあるだろ!その度にてめえらは違うって殴んのか?上司に言ってやりたかった言葉が頭の中で駆け巡る。
ここで俺の障害について明かそうと思う。腎臓機能障害。腎不全である。中学の時に腎移植をした。制限はされるがクレアチニンの値だとかカリウムの値だとか···
電話が鳴った。俺は携帯を取り耳にあてる。
「省吾、会える?」
由季恵だった。
由季恵は先に来ていた。
文翔館前。俺は久しぶりに由季恵に会った。別に過去の事にとやかく言うつもりはない。
「終わったんじゃなかったっけ?」
何の用かまるで検討がつかない。
「終わってからはじまることもあるわよ」
「そうかな」
ないだろ。
「好きな人いるの?」
「一応」
小百合さんを思い出して答えた。
「その人、省吾の全部知ってるの?」
「さぁ、どうだろ」
「私は知ってるよ」
「そうだね」
面倒になってきた。てめえの都合で呼び出しててめえの都合よく付き合う男を由季恵は求めてるんだろう?誰もいないと昔寝た男でも捕まえる。
「省吾、もう一度···」
由季恵はいいかける。
「用はそんなことだったの?」
俺は先に言う。由季恵は俺を見る。
「もう一度、か、答えはノーだ」
俺ははっきり言って去った。
俺はそのまま少し走る。
疲れはすぐにくる。腎移植したから健常者にはならないと実感する瞬間である。走りながら通りすぎていった女たちを思い浮かべる。由季恵、はるか、ひとみ、ゆり、なつみ、ようこ···
親父の女の経営者小百合さんを思う。
空を見ると満月のようだった。
何時になったんだろう。
山形銀行本店前を通りすぎて七日町を通る。まばらな人たち。どれだけの障害者がいるだろう。ふと立ち止まる。八文字屋、本屋だ。自転車が前に何台かあり、その更に前にベンチがあり灰皿があった。俺はベンチに座る。心臓の音を感じる。腎臓が動いているだろう。血流が流れ俺を俺として生かしている。
俺は生きてる。
金井は俺を見つめてる。なんだよ?俺はポテトをつまみながら思う。
「全部言わないのかよ」
金井は言う。
俺は黙ってポテトをつまむ。
「クビになんのは当たり前だ」
金井は言った。
「勉強になったよ、次はすべてさらけ出して仕事決める」
「そうしろ、必ず決まるよ」
「ありがとよ」
「成瀬は敷かれたレールの上を初っぱなっから乗らなかったんだ、人並み以上の努力が必要なんだよ」
と金井は言った。
その五時間後に金井は亡くなった。
絡まれた女を助けるためにでしゃばってナイフで刺された。
突然の事で実感がなかった。
死んだら終わりじゃんか。
俺は喪服を着て火葬場にいた。
金井が炎に焼かれ骨が残る。俺たちは二人一組で骨を箸でつまみ移動させる。
死んだら終わりじゃんかよ、金井。
「···人並み以上の努力が必要なんだよ」
外は雨が降っていた。
いい女に二人の男が声をかける。
女は断るが男はしつこい。そこに男が割り込んだ。
「やめろって、嫌がってんだろ」
割り込んだ男、金井だ。
男はナイフを出して金井を脅す。金井は一歩もひかない。そして···。悲劇は起きた。金井は刺された。俺は喪服のまま小百合さんに電話していた。親父といないことを願って。
ありがたいことに小百合さんは俺と会ってくれた。雨のドライブ。
小百合さんは何も聴いてこなかった。なんで喪服なのかとか、なんでそんな暗いのかとか。何も聴かずに雨のなか車を走らせた。
それから2週間後。
小百合さんとまた会った。今度は沈んでない俺だ。
「今日は何しようか?」
小百合さんはいたずらする子供のような目で言った。何したいのか知ってるわよと。俺は苦笑して「小百合さんがしたいことを」と言うしかない。
食事をして少し車でドライブした。
「親父とは、まだ?」
付き合ってるのか?聴きたかった事を聞く。
「別れた。もうしばらく会ってないの」
意外とは思わなかった。当然だ。
「省吾君、障害者なんだってね」
俺はこの数ヶ月で成長したのかもしれない。障害者、差別、偏見、中卒、だから
なんだって言うんだ。
「俺は人間だ。障害者なんて名前じゃない」
そう。俺は人間だ。シェイクスピアも言っていた「名前って何?バラと呼んでる花を別の名前にしても美しい香りはそのまま」と。わかるかい?
「腎不全···」
「そういう言葉じたい、障害者という言葉じたいが差別だとは思わないのか?」
身体中に巡る血液が早くなる。怒りという血小板があちこちで破裂する。
「障害者とか腎不全とかお前ら俺が恐いんだろ?何かに分類して名前つけなきゃ安心できないんだろ?だったらいつまでも言ってろよ。だけどな、俺は障害者でも腎不全でも聾唖者でも車椅子でもねーんだよ!俺は俺なんだ。お前ら健常者と同じだ!お前らが障害者で俺が健常者と呼んだって同じだろ!なんで健常者はよくて障害者は差別の対象に取るんだ?おかしいと思わないのか?どっか足りないのがそんな悪いのか?お前ら健常者もどっか足りないだろ!みんななんかどっか足りないのに障害者だけ差別かよ?いい身分だよな」
頭の中は真っ白だった。金井を刺した奴だって足りないからそういう行動に出たんだ。由季恵が平然と呼び出しやがるのも足りないからだろ。もっと言えば父親と母親が離婚したのだって足りないからだ。
「ストレッチャーで手術室向かう時のこと聴いたよ」
小百合さんの言葉に一瞬???と頭に浮かぶ。腎移植の時のことか。親父から
聴いたのか。
死への恐怖を抱え俺は爆発寸前だった。ストレッチャーに寝かされ天井ばかりが流れていく。このまま手術室へ連れていかれて麻酔をかけられ、そのまま死ぬのかもしれない。死んだ事にすら気づかぬまま···
気づくとストレッチャーから飛び降り逃げていた。看護師数人と母親が追ってくる。看護師が俺の腕をつかむ、俺はすかさず空いてる腕で拳を腹にきめる。看護師は手を離しうずくまる。俺はファイティングポーズをとる。来る看護師をたちまちのしていく。母親が立っている。
「大丈夫」
母親が言った。俺はファイティングポーズをしたまま警戒した。と、どこからか看護師数人が新たに俺を抱きしめた。手足と身体を。
「あぁぁぁー」
俺は叫んだ。ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ恐怖。死。ストレッチャーに寝かされ縛られる。
「なんで俺なんだ?なんで俺なんだよ!」俺は恐怖で叫び、阿鼻叫喚の中、手術室へ消えていく。
「それがどうしたんよ?」
俺は小百合さんに目を向けて言った。
「自分は何者か、 中学の時に人生の大問題に、誰もが答えを知りたい問題にぶち当たった···」
「だからどうした」
「成瀬省吾は成瀬省吾よ」
俺は小百合さんを見つめる。
「例え名前が違っても中身は変わらない。本質は変わらない」
小百合さんは真面目だった。
俺の中の血液は正常に戻り、燃え上がっていた血小板は正常に戻り鎮火した。
俺は俺だ。
小百合さんの紹介で仕事が決まり働きはじめた。小百合さんとは肉体関係にはならずに友達のような関係になった。俺は俺として俺らしく生きてる。
時に金井の事を思い出し、病院に通い、仕事をこなす。
これは俺の物語である。
成瀬省吾20歳、俺が一歩進み出した。
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