本編・第一節 追放は突然に

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本編・第一節 追放は突然に

「エリス・ジーン。お前を聖女の任から解き、国外へ追放する」  早朝。祈りを捧げるため、いつものように礼拝堂までやって来たときのことだった。扉の前に立っていた王子は、冷淡な顔付きで言った。 「え……?」 「聞こえなかったのか? 耳が悪いな。お前は、もう聖女ではない。さっさとこの国を出て行け。そう言っているのだ」 「そんな……。ご冗談、ですよね?」 「冗談ではない。後任の者は既に決まっている」  その言葉のあと、すっと現れたのは、わたしも良く知っている顔だった。 「ミラ……」 「ごきげんよう、エリス。ふふっ、良い表情(かお)してるじゃない」  聖女見習いの彼女がここにいる。  わたしを聖女の座から下ろすこと。これは、本当に冗談ではないということだった。 「わたしが……わたしが、一体何をしたと言うのですか? 突然聖女を代われなどと言われても、到底承服できません!」  心身を摩耗する厳しい聖女見習いの時期を越えて、ようやく聖女になった。毎日欠かすことなく、民の幸福を祈ってきた。寒い日も、暑い日も、祈りは一日六時間に及ぶ。そのすべてを無かったかのように扱われるなど、納得できる訳がなかった……。 「あなたの癒やしの力が足りなかったからですわ。御存知? もう、国は流行り病で大変なことになっていますのよ。それを、何も知らずにのうのうと祈りを捧げようとして……。病を和らげるようなこともできませんの? 本当、使えない聖女様ですこと」  え……? その病を少しでもために、祈りを捧げようとしているのですけど? 「レクタ王子。お言葉ですが、ミラの手に負える病であるとは思えません。どうか御再考を」 「んなっ……!」  どれほどの神聖力を持っているかは、見れば分かる。それに、この病はただの病ではないのだ。和らげるだけでは話にならない。消すしか道がないのだ。どう考えても、彼女にそれができるとは思えない。神聖力の観点から言えば、もっと良い人材が聖女見習いにいるはずなのに、なぜ、よりにもよってミラなのだろうか……? おかしな話だった。 「聖女に対する侮辱。また一つ罪を重ねたな、エリス」 「また……?」 「日々の祈りを怠った怠惰の罪。そして、不特定多数の兵士と関係を持った姦淫の罪だ」 「――――」 「あら、声も上げられないなんて、よほど図星のようですわ。まぁ、はしたない」  わたしは――このとき理解した。  王子は――少なくとも、王子を動かしている者は、わたしが邪魔なのだ。この国から、のだ。 「処刑せよとの意見もあるが……俺もそこまで鬼ではない。国外追放が妥当なところだろう。一時間で支度せよ」 「……」 「はっ、ちょっと可愛いからって、調子に乗るからこういうことになるのよ。たっぷり反省すると良いですわ。まあ、今さら後悔しても遅いですけれど」  わたしの追放は、もう決定されていることなのだ……。何を言っても、覆されることはないように思えた。それでも、言わずにはいられなかった。民は……その子孫は、きっと、不幸せになるだろうから……。 「本当に……本当に良いのですね。王子、その御決断で」 「決断も何もない。罪人を罰するのは当然のことだ」 「そう、ですか……」  旅の支度を終えたわたしは、文字通り、国外へ放り出された。兵士は、わたしを軽蔑の眼差しで見下ろしていた。おかしいな……。彼の傷を癒やしたこともあったのだけれど……。  立ち上がる。擦り剥いた膝から、血が滲んでいた。  これから……どこへ行けば良いのだろう? 「……」  ひとまず、隣国ウォルデンに行こう……。ここから一番近い国だと聞いている。  一度、城壁を振り返る。それきり、わたしは独り、西へと歩き出した。
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