本編・第十節 因果応報

1/1
前へ
/17ページ
次へ

本編・第十節 因果応報

 民は、真実を知った。突如街に現れた、聖女の手記。教会の検閲もままならないまま、収拾不可能な勢いで広がった。そうなれば、どういう結末になるのか? 支配者の数は、民の数に比べてあまりにも少ない。太刀打ちできるはずもなかったのである。 「くそっ! 俺は王子だぞ! こんなことをして良いと思っているのか! ええい、俺に触れるな、奴隷どもぉ!」  王子は処刑された。恩情の声もあったが、そうしなければ、民の怒りは収まらなかった。 「な、なんです貴方たちは……! 神の、神の罰がくだりますぞ!」  悪しき教会の人間は一掃された。彼らの懐からは、膨大な私財が見つかった。 「(わたくし)は聖女よ! 私は、ちゃんと貴方達のために祈っていたわ! 本当よ! だからお願い、酷いことしないで!」  聖女は声を荒げた。聖女は関係ないのではと声が上がる。 「皆様。こちらが、聖女様の日々の活動記録となっております。これを見て、皆様がどう思われるか……じっくり考えてみてください」 「な……あ……」  侍女が提示したその紙束には、聖女の行動が事細かに記録されていた。目を覆いたくなるほどの放蕩っぷりであった。  聖女は追放された。そして、神に見放された。もはや奇蹟の力も使えまい。彼女が今、どこで何をしているのか。それを知る術はなかったし、知りたい民もいなかった。  目に見える支配者がいなくなったこの国は、今後、どのような方向に進んでいくのか? それは分からない。すべては、民にかかっていた。ただし、そこに聖女の祈りが後押ししてくれるのは、確かなことだろう。  ――――  わたしがこの国に来てから、そろそろ半年が経つだろうか。手記の出版や国籍の取得など、慌ただしい日々が続き、ようやく落ち着いたところだった。そうそう、嬉しいことに、わたしから何日か遅れて、ルゥがやって来てくれた。わたしの身の回りの世話をすると言って聞かないのは、国にいた頃から変わらない。そして、この半年間、ミゲルには、並々ならぬ助力をいただいていた。今は城の客人として迎えられているが、甘えすぎる訳にもいかない。そろそろ出て行くか、何とかしないといけないところだろう。  そんなことを考えながら、城の外れにある花畑を散歩していた。 「エリス様」  ミゲルが呼ぶ声がした。丁度良かった。この件について、相談させてもらおう。 「こんなところにいらしたのですね」 「ええ、好きなのです、この場所が」 「そうでしたか」 「ミゲル、わたしのことを探されていたのですか?」 「そう、ですね……。どこか、貴女が遠くにいってしまうような、そんな気がしたものですから……」 「ふふっ、なんですかそれは? わたしはそうそう死にませんし、行くあてもそうそうありませんよ。ミゲルも御存知でしょう?」 「ええ、そうですね。ははっ、私としたことが、どうやら寝惚けているのかも知れません」  蝶が、ひらひらと横切っていった。 「エリス様」 「なんでしょうか?」 「貴女は、聖女として、これまで立派に務めを果たされてきた。聖女として、辛いことや、苦しいことを、沢山経験されてきたでしょう。ですから……」 「……」 「ですから、これからは、私だけの聖女として、おそばにいてくださらないでしょうか」  これは……うん、プロポーズというものなのかも知れない。 「……」 「……」 「……お断りします」 「――! そう、ですか……」 「わたしは、多くの民の幸せを願う、そういう聖女でありたいと思っています。ですから、もし可能なら、ウォルデンの聖女として務めを果たすことができれば、これ以上の喜びはありません」 「分かりました。皆が喜びます。是非取り計らいましょう」 「それから――」  せーのっ。 「それから、貴方のことは、聖女ではなく、一人の女性として、愛することはできると思います」  そのあと、わたしがどのような人生を歩んだのか……それは、皆さんの御想像にお任せします。  それでは、聖女の手記はここでおしまいです。  この物語を読んだ皆さんの幸福を――心より願っています。 (了)  ここまでお付き合いくださった皆さん、スターを送ってくださった皆さん、ありがとうございました。  ここからおまけが5本続きますので、よろしければそちらもどうぞ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加