おまけ・第二節 氷雪の縁

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おまけ・第二節 氷雪の縁

 (わたくし)、ミラ・ローランスは、裕福な家の長女として生まれました。自分で言うのもなんですが、金の髪は美しく、才気にあふれていました。そんな私は、ローランス家の名に恥じないよう、日々勉学に励み、何不自由ない生活を送っていましたわ。そう……私が奇蹟を発現する力を有していることが分かるまでは。  お父様とお母様は、いたく喜んでくださいましたわ。そして、私も特別な人間であることが分かり、とても誇らしい気持ちになりました。聖女を養成する機関へ入る手続きは、とんとん拍子に進みましたわ。ですが……今になって思えば、もっと慎重になるべきだったのかも知れません。聖女見習いになったとしても、聖女になれるとは限らないのです。倍率としては、二十倍といったところでしょうか。聖女になれなかった者はどうなるかというと、聖女見習いという箔を駆使して、何とか生き抜いていく他にありませんわ。何せ、見習いの間は、一切の習い事もできず、異性との出会いもなく、社会からずっと隔絶されてしまうのですから……。 「ミラ! 集中が途切れていますよ! あなたは(たる)んでいます! そんなのでは聖女になれませんよ!」  だから、こういう口うるさい、ひねくれた女になってしまうのですわ。聖女養成機関において、聖女見習いを指導する者は、決まってここの卒業生でした。私は、絶対にこんな女にはならない。そのことを固く誓うのでした……。  そうして、私が見習いとなって、六年の月日が経とうとしていました。歳は十九。今や、私も見習いの中で、かなり年長となっていました。  その日の朝は、近年(まれ)に見る寒波の影響で、凍えるような寒さでしたわ。指先が取れそうなほどでしたから、外で行う朝の礼拝も当然中止。朝と言っても、見習いの朝は、まだうっすらと陽が昇るぐらいの時間ですから、その寒さたるや、尋常ではありませんでした。雪のちらつく外を見ながら、私たち見習いは、ストーブの前で寒さに凍えながらも、ほっと息をついておりましたわ。久しぶりに朝の礼拝がなくなったのです。これで、思い思いに時間を過ごせるというものでした。  やや時間が経って、誰かが、エリスの姿が見当たらないと言い出しました。エリスとは、今年十三になる、白い髪の女の子ですわ。悔しいですけれど、誰に聞いても可愛いと答える可憐な容姿をしておりました。いえ……そんなことより、もっと悔しいのは、年少ながらも、その神聖力が極めて高いということでした。  何かあってはいけないということで、皆でエリスの姿を探すことになりました。私は、この寒さに参って布団が恋しくなっているのではと思いましたが……共同の寝室は、もぬけの殻でした。私は、まさかと思いました。朝起きてから、誰もエリスの姿を見ていないということは、エリスは誰よりも早く起きたということ。その彼女が、、何をしているかと言えば……答えは、一つしかないのではと思いましたわ。けれど、この寒さなのです。普通に考えて有り得ないことですわ。私は、半信半疑のまま、雪の降る中、野天の礼拝堂へ向かいました。 「……」  私は……正直、呆れましたわ。ポイント稼ぎに決まっている。放っておけばいいとも思いました。ここで脱落してもらった方が、聖女になれる確率は上がるのです。ですが、私は……私は、なぜか、放っておけなかったのですわ……。 「エリス……エリス!」 「……ぁ……ミラ……。おはようございます。良かった。皆さん、来られていないようでしたから、心配していたのです」  本当に何を言っているのでしょうか、この娘は……。 「心配していたのは、こっちですわ!」 「……え?」 「ああもう、そんな指にしてしまって……。早く、こっちにいらっしゃい!」 「ミ、ミラ! 自分で歩けます!」  それから彼女を連れて、治療をいたしました。幸い、大事には至りませんでしたわ。いくら奇蹟と言っても、死人(しびと)を生き返らせることができないように、不可能なこともあるのですから。 「いい? 貴女(あなた)はもっと、自分のことを大切にしなさい」 「は、はい……。ありがとうございます、ミラ」  どうして私はライバルに説教などしているのか……。今日は、本当におかしな日ですわ。でも……分かってはいるのです。私は、私を大切にし過ぎていることに……。  この出来事で、皆は改めて思いましたわ。やはり、聖女にふさわしいのは、エリスではないかと……。その予想通り、冬が明けた春、エリスは聖女に就任したのです。聖女見習いは、どんどん辞めていきましたわ。その一方で、私のようにまだ諦めきれない者が、ここに残っているのです。  このときから、四年後。私は、とうとう聖女の地位を手にしました。聖女見習いとしての期間は、合計で十年。私が壊れるには、十分すぎる時間だったのかも知れません……。
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