おまけ・第五節 聖女と侍女(後編)

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おまけ・第五節 聖女と侍女(後編)

 私は、一人、馬車にゴトゴトと揺られていました。窓の向こうには、青と緑が広がっています。  あのあと、先輩方とも相談して――聖女様が喜ばれるであろうことを、秘密裏に行うことが決まりました。何だか、少しどきどきします。何か贈り物を用意するときには、こういう気持ちになるのかも知れません。先輩方も協力してくださるとのこと、私はお暇をいただき、こうして長閑(のどか)な田舎にやって来ているのでした。 「あの、少しお聞きしたいのですが……」 「あらま、見ない顔だねぇ。こんなところにお使いかい?」 「いえ。人を探しているのです」 「あらぁ、しっかりしてるわねぇ。ウチの息子にも見習ってほしいわぁ」  馬車を見送ったあと、道行く方々に声をかけました。こんなこと、侍女としての教育を受けていなければ、絶対にできなかったと思います。恥ずかしいだとか何だとかで、もじもじしていただけでしょう。まして、一人で旅行をするなど、考えられないことでした。その介あってか、夕方前には、目的の場所に無事たどり着くことができたのでした。 「……」  木造りの玄関の前に立ちました。  アポイントは取っていませんでした……。あまりにも無計画だったでしょうか?  トントン、トントン 「ごめんください」  ……。  ……。  駄目、でしょうか……。もう一度―― 「はい、どちらさま?」 「あ……」  そこにおられたのは、エリス様に良く似たお人でした。 「お初にお目にかかります。私、聖女エリス様の侍女を務めさせていただいております、ルゥ・リーズベルと申します」  それから――エリス様のお母様とお父様と、いろんな話をしました。普段の聖女様の御様子、昔の聖女様の御様子、寂しいけれど誇りに思っておられること、私自身のこと……。  夕食を御馳走になったあと、あれよあれよという間に、お泊めさせていただくことになりました。 「まさか、あの子のお友達が訪ねて来てくれるなんてね……。初めてのことよ。本当に嬉しいわ」 「そ、そんな。友達などと、畏れ多いです……」 「ルゥちゃん。エリスのこと、苦手かしら?」 「! そんなことありませんっ! その逆で……本当に、本当にお慕いしております……!」 「そうなのね。だったら……どうか、あの子のお友達になってあげてほしいの。立場のことは、あると思うわ。けれど、心の中では友達と思っていてくれるなら……すごく嬉しいわ。エリスは、きっと、友達がいないでしょうから……」 「は、はい……。分かりました、お母様」 「ごめんなさいね。少し湿っぽくなってしまったかしら」 「いえ……あ、お片付け、お手伝いいたします」 「いいのよ、そんなの。さ、あなたは自分の家と思って、ゆっくり休んでいなさい」  翌朝。私は、たくさんのお野菜と、エリス様への預かり物と、あたたかい言葉をいただき、エリス様の御実家を出たのでした。  ――――  数日後の夕方のことです。  エリス様は、書類仕事をなされていました。 「エリス様」 「ルゥ? どうしましたか?」 「そろそろお夕食の時間でございます。一度、手を休められてはいかがでしょうか」 「そう……。もう、そんな時間なのね。分かりました。食堂に行きましょう」  席に一人座られたエリス様の前に、お料理をお出ししました。 「……?」  いつもとメニューが違うことに、少し驚かれている御様子でした。ですが、食事についてエリス様が文句を言われることは、これまで一度もありませんでした。  エリス様が、スープに口を付けられました。 「……」  そのときでした。 「……うぁ……、ぁ……、うぁあああぁああ! うぁあああぁああんっ!」 「せ、聖女様っ!」    どうしよう……。お母様に教わったようにお作りしたのに……何か、間違ってしまったんだ。エリス様を悲しませてしまった……。エリス様を喜ばせたかったのに……。私は……私は、何をやっているのでしょう……。 「聖女様……ごめ、ごめんなさ……ぁ、ぁあ……うわぁああぁ! ぁあああっ!」 「ちが……違うのぉ! わた、わたし、うぁあぁああ! ぁああぁああっ!」  二人して、わんわん泣いてしまいました。  泣いて、泣いて……ようやく落ち着いた頃、私はこれまでの経緯を包み隠さずお話しました。 「そう、だったのね……。ありがとう、ルゥ」 「エリス様……」 「でも、あなたがこうして、そばにいてくれる。それだけでも、わたしにとっては、とても有り難いことなの。それは、どうか分かっていてね……?」 「はい……、はい……っ」  この件をきっかけにして……エリス様は、侍女の中で私に対してだけ敬語を使うことをやめられました。それだけ、心を寄せていただけていること。それは、凡人の私が唯一自慢できることでした。  あの日夢見た、聖女様のすぐ近く。  そこに今、私はいるのでした――。
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