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ストーカー
「ストーカーの被害に悩まされてまして……」
5人組アイドルグループのセンターとして活躍する菜子は、二人の警察官を前に、悲痛な面持ちで訴えた。
マンションのエントランスに設置されたポストの中身が荒らされていることは日常茶飯事。郵便物が開封されていることもあった。
ごみ置き場では、菜子が捨てたゴミ袋が破られ、使用済のティッシュや食べたあとの弁当箱、割り箸などがすべて盗まれていた。
盗聴器が設置されているのではないかという不安。盗撮されているのではないかという恐怖。つきまとわれている気配も感じるし、関係者のなかに犯人がいるのではと疑心暗鬼に。今ではすっかり心身のバランスを崩してしまった。
「では、できる限りの警備をさせてもらいますので」
警察は淡泊に言い残した。できれば直ちに犯人探しを始めてもらいたい。すぐにでも逮捕して欲しい。そんな期待を込めて相談しただけに、警察の言葉は少し頼りなかった。
「あれからどう? 例のストーカー」メンバーの萌夏が心配そうに尋ねる。
「何も変わらないよ……」
「警察に相談したのに?」
「うん」
レコーディングスタジオの休憩スペースで、菜子は暗い表情。ステージ上での明るい振る舞いとは裏腹に、プライベートでは明るさを失っていった。
「事件にでもならない限り、警察も本気で動いてくれないんだよ、きっと」
「何かあってからじゃ遅いじゃん!」萌夏は声を荒げる。
「わたしに言わないでよ……」
「そうだね、ごめん」
レコーディングを無事に済ませ帰宅する。荒れ果てたポストの中身も、もう見慣れた。いつもここで大きくため息。それももう慣れた。
玄関に入ると、固くドアを施錠した。疲れた身体をソファに投げ出し、目尻からこぼれる涙をティッシュで拭う。それをゴミ箱に捨てることなく、カバンに詰め込む。自宅以外の場所で捨てるためだ。
潤んだ目で部屋を見渡す。
壁掛けのラックには自分たちがリリースしたCDが並んでいる。音楽賞を受賞したときにもらったトロフィーや盾も飾ってある。そして、ファンからもらったプレゼントもたくさん。
みんなに元気を与える立場の自分が、こんなにも絶望してちゃダメだ。菜子は沈んだ気持ちを奮い立たせた。
「わたしが動かなきゃ、何も変わらない」
ライブパフォーマンスのときのように凛とした表情に切り替えると、菜子はソファから腰を上げた。
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