第三話 母の思う素敵な人

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第三話 母の思う素敵な人

僕は母親のことを感謝してるし大好きだけど、どこか、自分の中で壁を作っていた。 「ただいま。今日の夕ご飯は何かしら?」 夕飯が作り終わった頃に母が帰ってきた。 「お帰りなさい。今日はうどんと天ぷらだよ」 「あら美味しそうね」 母はそう言って優しく微笑んでくれた。そして母が座ってから二人で夕飯を食べ始める。 「今日は学校どうだった?」 「今日は、特に何にもなかったよ。あ、でも、転校生が来たっけ」 母にそうきかれてなるべく明るくそう答えた。 「そうなの。仲良くなれそうなの?」 「うん、まあまあかな」 楽しそうに聞いてくる母にそう答えて食べ終わった食器を片づける。 「秋、お母さんが食器洗うわ」 「良いよ、私が洗うよ。お母さんはテレビでも見てゆっくりしてて」 母の前でも自分のことを私と呼び、なるべく母に感づかれないように女言葉で話していた。 「そう、じゃあ宜しくね秋」 母はそう言うとテレビを見始めた。 中学一年の時、両親がまだ離婚していない頃、僕は両親に自分は体が間違って産まれてきてしまったんだと本気で訴えたことがあった。だけど、母はそんな僕に、貴女を男の子に産んだ覚えはないわ。良い、秋は女の子なのよ。可愛い可愛い女の子そう言って涙を流した。それから父は、秋がこんな事を言い出したのは全てお前のせいだと言い、母を責めた。そして両親は喧嘩が多くなり、離婚届を置いて父が出て行った。父が出て行ってから母が一人で僕を育ててくれていた。だから、あれから僕は母を傷つけて悲しませないように自分のことは話さなくなった。 多分、これからも、そうやって周りに、自分に嘘をついて生きていく。周りの普通に合わせて生きていく。そう決めている。 「洗い終わったよ、お母さん。私もテレビ見ようかな」 僕はそう言って母の隣に座りテレビを見始めた。 「この番組、私も好き」 母が好きな番組を僕も楽しそうに見た。 「本当に秋はお母さんと好きなことがかぶるわよね」 「うん。私はお母さんみたいになることが夢だから」 なるべく無邪気を装うようにそう言って母にとっての良い娘を演じる。この嘘は、母を傷つけないようにするため。だから、悪いことじゃない。 「そうなの。じゃあ、素敵な人を見つけることからね」 母は嬉しそうにそう言う。 素敵な人。母にとっての素敵な人とは、男と結婚して、子供を産んで幸せな結婚生活を築くこと。 僕がそうやって生きていくことが母の幸せ。だったら、僕はそれに逆らうことは出来ない。母は、僕にとって、大切な人だから。 「そういえば、秋。貴女、好きな人でも出来た?」 突然母にそんな事を言われて内心どうしようかと思った。母が僕の体の違和感のことをまだ疑っていることに僕は気づいていたから。 「…何で?」 母の顔を見られずに小さくそうきいた。 「ただね。秋ももう高校二年生だし、好きな人ぐらいいるのかなあって思って」 「居ないよ」 やっぱり母の顔を見られずにそう言った。 「じゃあ、私、そろそろ部屋で宿題やってくるね」 僕は逃げるようにそう言うと、自分の部屋に行った。部屋の扉をゆっくりと閉めて、机に向かった。このままで良いと思っているけど、どうしようもない不安感に襲われることがある。どう頑張っても男の人は好きになれなくて、初恋は女の人だった。まだ幼い頃に近所に住んでいた綺麗な中学三年生ぐらいのお姉さんだった。でも、そのお姉さんは僕の気持ちは知らずに遠くに引っ越して行ってしまった。 あれから五年がたった今でも、その人が忘れられずにいた。 ー続くー
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