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第三十二話 告白の後
家に帰って母にただいまと一言言ってから部屋のベッド横になった。
「花火楽しかった?」
母が扉越しに声をかけてきた。
「楽しかったよ」
「そう、良かったわね」
母は少し嬉しそうにそう言うとじゃあお休みなさいと言って他に何も言わなくなった。少ししてから目を閉じて気がついたら眠っていた。
「はよ」
次の日の朝、和也からの電話で目が覚めた。
「なんだよ、朝早くから」
僕はまだ冷めていない頭を起こすようにベッドから起き上がり目をこする。
「いやさ、昨日どうだったのか気になって。姉ちゃんに聞こうとしたら拓郎兄ちゃんが一緒に居たから聞けなくてさ。どうだったんだよ」
「昨日、自分の気持ちは伝えたよ。綺麗に振られたけど。初めから付き合えると思って告白したわけじゃないし」
僕は少しかすれた声でそう言った。
「なんだ、そうだったんだ。昨日、拓郎兄ちゃんが家にきたときに機嫌悪かったから上手くいったのかと思ったぜ」
和也は残念そうにそう言った。
「今日、宿題やりに来るだろ?」
「そうだね、行こうかな」
僕がそう言うと、じゃあ、待ってるからなと和也はそう言って電話は切られた。
「お母さん、友達の家で宿題やってくるね」
「そう、頑張ってね」
僕は支度を済ませて母にそう言うと家を出て和也の家に向かった。
少し期待と不安が入り交じっていた。幸さんが偽りの僕じゃなくて男としての僕を認めてくれた上で会う。僕の気持ちを知った上で会うことが出来る。それが嬉しい。だけどその反面、幸さんが自分を避けてしまうかもしれない。仕方ないと思っていてもそうなったときに僕は笑っていられるだろうかという不安もあった。
「上がれよ」
和也の家に着き、家の中に入って自然と幸さんの姿を探していた。
「…きくんがどっちだって関係ないよ。私にとっては大切なお友達なの。何でそれをわかってくれないの。私が好きなのは今も昔も拓ちゃんだけなのに」
幸さんの部屋の前で声が聞こえた。
「お前にその気がなくてもあいつはどう考えてるかなんてわかんねぇだろ。良いからもう、あいつと口聞くな。次、口聞いたのみたら許さねぇからからな」
拓郎さんと言い争いをしているようだった。
僕のせいなのは明白だった。僕が想いを伝えたからこんな事になった。そう思ったら少し後悔をしてしまった。自分が幸さんに避けられることは覚悟していた。
「おい、うるせえんだけど」
和也が部屋の扉を叩かずに開けて不機嫌そうにそう言った。
「あ、ごめんね」
幸さんが困ったように謝った。
「静かにしろよな、まったく。行こうぜ、秋」
「え、あ、うん」
僕はそれ以上何も言えずに和也の部屋に行った。
「あんま気にすんなよ。拓郎兄ちゃんの言う事なんて」
少し無言のままでいると和也が麦茶を渡してそう言ってくれた。
「大丈夫大丈夫。全然気にしてないさ。拓郎さんがああいうのは仕方ないと思うし」
僕はそう言って笑ってみせた。和也はそんな僕を見て何も言わなくなった。
それから数時間後、帰る時間になり和也の部屋を後にした。家を出るとそこには拓郎さんが立っていて僕の所に近寄ってきた。
「なぁ、お前さ、幸をどうしたいわけ?」
「どうしたいとかそう言うんじゃなくて、ただ僕は自分の気持ちを伝えたかっただけです。それ以上もそれ以下もないです」
僕は拓郎さんの問いにそう答えた。
「お前はそれで満足かもしれないけど、幸とか俺の気持ちはどうなるんだよ。幸は気にしてないとかお前を受け入れてるみたいだけど、俺は正直、お前が本当にそれだけの気持ちであんな事を言ったとは思えない」
「本当にそれだけの気持ちですって」
僕は少し困惑して笑ってみせた。
「秋ちゃんだっけ。あのさ、俺はお前のこと認めてねぇからな。幸は渡さねえ。お前なんかに絶対に」
僕は拓郎さんのその言葉をきいて少し寂しい気持ちと嬉しい気持ちになった。これで僕の元に幸さんが来ないと言うことがはっきりした。だけど、拓郎さんがそれだけ幸さんを大事に思っているとわかった。その事が嬉しかった。
「やっぱ、お前のこと信じらんねえな。ちょっとついて来いよ」
拓郎さんにそう言われて時間も気になったが後をついていくことにした。
「よし、ここなら良いな」
誰もいないそんなに広くもない公園についてそう言った。
「何ですか?」
僕は拓郎さんに聞いた。だけど、拓郎さんは何も話さずに黙ったままだった。
「俺はお前を初めて見たときから女としてみたことはない。お前が幸をみる目は異性として好きな目だった。だからお前のことは嫌いだった」
拓郎さんはそんな事を言うと僕に近寄り胸ぐらを掴んできた。僕は必死にそれをほどこうとした。だけどほどけなかった。
「もうあいつと会うな」
「だけど僕は和也の友達です」
拓郎さんが声を低くそう言ってきたからそう言い返した。
「それなら外で会えば良いだろ」
「でも」
外で和也に会えば良い。そうだなと思った。だけど、それだと幸さんを一目見る口実がなくなってしまうとも思っていた。
「でもじゃねぇよ。会うなっていってんの」
拓郎さんはそう言うと僕の顔を殴ってきた。僕は必死で応戦した。
「僕が誰とどこで会おうがそんなのは貴方には関係ない」
「関係大ありだこの野郎。良いか、幸はな、和也の姉ちゃんである前に俺の女なんだ」
その後も僕が立ち上がることが出来なくなるほどに殴ってきた。
「これにこりたらもう二度と幸に会うな」
拓郎さんはそう言ってその場を去って行ってしまった。
しばらくは体が痛くて立ち上がることが出来なかった。だけどこのまま朝を迎えるわけにもいかず、ゆっくりと立ち上がり家に帰った。
「秋、遅かったわね。今まで何してたの?」
僕が家に中に入ると母がリビングから出てきてそう言ってきた。
「ごめんなさい」
「凄い傷じゃない、どうしたの?」
母は心配そうにそう言うと僕の顔を優しく触ってきた。
「…別に」
僕は事情を話す気にはなれずにそう言った。
「別にじゃないでしょ。何があったのかちゃんと話しなさい」
母が心配してくれているのはわかっていた。だけど正直そんな母がうるさく感じた。今はほっといて欲しかった。
「お母さんには関係ないじゃん。もうほっといてくれよ」
僕はいつもの女言葉も忘れてそう怒鳴ってしまった。
「お母さんになんて口の利き方をするの。秋、お母さんは貴女を心配してるのよ。秋は可愛いから夜遅くなったら何かあったんじゃないかとか。良い、秋。秋はお母さんの可愛い娘なのよ。それなのにほっとけるわけないじゃない」
母はそう言うと僕をそっと抱き寄せた。
「…離せよ。何が可愛い娘だ。ふざけるな。何も知らないくせに。本当の僕の事なんて何も知らないくせに」
僕はそう言うと母を突き飛ばして外に出た。近くの公園のベンチに腰をかけて下を向く。
ー続くー
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