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第三十三話 本当の自分
「あれ、あっちゃん?」
誰かに声をかけられた。その声の方をみると坂本先輩が立っていた。
「どうしたの、こんな時間に」
坂本先輩は優しい声でそう聞いてくれて僕の隣に腰掛けた。
「お母さんと喧嘩しちゃって」
僕はただそれだけを言うとまた下を向いた。
「そうなんだ。あっちゃんも色々大変そうだもんね。俺は詳しく知らないけどさ。だけど、お母さんと喧嘩するのもそんなに悪いことじゃないさ、きっと。喧嘩の内容は知らないけど、喧嘩したって事はそれだけお母さんとわかり合うチャンスが来たと思えば良いよ。だってあっちゃんはきっと悪いことはしていないと思うし。この際だからあっちゃんが思っていることを全部ぶちまけちゃえ。そしたらきっとすっきりすると思うから。それにきっとお母さんだってあっちゃんが思うことを言ってくれた方が嬉しいと思うよ。俺がそうだったから。ってこんな事簡単に言えることじゃないよな。ごめん、今の忘れて」
坂本先輩はそう言うと少し笑った。
「いえ、ありがとうございます。坂本先輩がそう言ってくれて嬉しいです」
僕はそう言うと坂本先輩に笑ってみせた。
「うん。やっぱりあっちゃんはそうじゃないと。あっちゃんは笑顔が一番似合うんだから笑って。俺が好きだったあっちゃんは女でも男でもないありのままのあっちゃんだから」
坂本先輩はそう言うと優しく僕の頭を撫でてくれた。
「ありがとうございました。坂本先輩のお陰でなんだか落ち着きました。そろそろ帰ろうと思います」
「それなら良かった。家まで送ろうか?」
坂本先輩がそう言ってくれたけど僕はそれを断った。
「わかった。じゃあ気をつけて帰ってな。んじゃ俺は帰るな」
坂本先輩はそう言うと帰って行った。その後少ししてから公園を後にして家に帰った。
「ただいま」
僕は下を向いてそう言うと黙って部屋に向かおうとした。
「秋、良かった。もう出て行っちゃうから心配したのよ。それより秋、ちょっとお母さんと話しをしましょう」
母に腕を掴まれてほぼ強制的にリビングに連れて行かれた。
「本当の秋って何のこと。何も知らないって言われても秋が何も話してくれないからわかりたくてもわからないじゃない」
母は優しくゆっくりとそう話す。僕は何も話さずに黙ったままいた。
「良い機会だからちゃんと話しましょう」
話して良いのだろうか。話したらわかってくれるのだろうか。どうする事が正しい選択なのだろう。
「…じゃあ話す。今までお母さんが見てきた僕は全部偽りだったんだ。僕は一度だって自分のことを女として生きてきたことはなかった。だけど、お母さんが悲しむと思って女としての自分を演じていたんだ。だけど好きな人が出来て、僕を理解してくれる人が出来て自分を偽って生きていくのはやめにしたいと思ったんだ。それでこの傷は彼氏持ちの人に告白してもめて喧嘩しただけ」
母は僕の言葉をきいて少ししてから話し始めた。
「何言ってるの、秋。秋は今も昔もお母さんの可愛い娘じゃない。それはいつまでも変わらないわ。勘違いしてるだけなのよ。思春期には良くある事よ」
母の言葉をきいてやっぱりそうかと思った。やっぱり僕のことを理解しようとしてくれなかった。
「勘違いなんかじゃない。僕は女なんかじゃない。やっぱりお母さんに話したのは間違いだった」
僕は静かにそう言うと自分の部屋に行った。
坂本先輩に背中を押されて話してみたけどやっぱり無理だった。母が理解してくれるわけがなかった。その日は全然眠ることが出来なかった。
ー続くー
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