第三十四話 葛藤

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第三十四話 葛藤

次の日、母が部屋の扉越しに一人暮らしの件は許しませんからねといって仕事に向かった。 話したことを後悔していないと言えば嘘になる。だけど、どこか心は晴れ晴れしていた。  昼過ぎに雨が降ってきて僕は家を出て和也の家に向かった。 「拓ちゃん、私、信じてたんだよ。拓ちゃんが私を裏切るわけないって」 和也の家の前に着くと幸さんが拓郎さんともめて居る所をみてしまい僕はとっさに近くの電柱に隠れた。 「何だよ、うっせえな。俺が誰と何をしようがお前には関係ねぇだろ」 「関係あるよ。私は拓ちゃんの彼女なんだよ。拓ちゃんが私に好きだって言ってくれたんじゃん。私、嬉しかったのに」 幸さんは震えた声でそう言うとさしていた傘を軽く投げて拓郎さんに抱きついた。拓郎さんはそんな幸さんを突き飛ばした。 「そう言うのがうざいんだよ。だいたいさ、お前だって秋って子と花火行ってたじゃん。そんで口説かれてんじゃねぇか。俺は行くなっていったのに」 拓郎さんは少し声を荒げてそう言った。僕はそんな幸さんの姿を見ていられなくなり幸さんに駆け寄ろうとした。 「でも秋くんは私の大切な友達の一人なんだよ」 幸さんのその言葉をきいて僕は足を止めた。 「良いじゃねぇか、幸がそこまで言うなら秋って子と付き合っちゃえば。俺は他で宜しくやるからよ」 拓郎さんはそう言うと雨で濡れている幸さんをその場に残し行ってしまった。僕は幸さんに駆け寄り傘をさし声をかけた。 「びしょびしょじゃないですか。大丈夫ですか?」 僕は優しく微笑んでみせた。 「やだな、今のみてたんだ。かっこ悪い所みせちゃったね。私は大丈夫だよ。拓ちゃんが女の人に弱いのも知ってて付き合ったし。だから、全然平気」 幸さんはそう言うとゆっくりと立ち上がり無理して笑ってみせた。僕はそんな幸さんをみていられなくて片手で抱き寄せた。 「…秋くん?」 「僕は貴女を傷つけた拓郎さんが許せません。その原因を作ってしまったのが僕だったとしても拓郎さんが許せない。僕なら他の誰かが貴女を口説いても貴女を信じきるのに。そして貴女の笑顔を守るのに」 僕は幸さんを抱きしめる腕を少し強くした。 「秋くんは優しいね。拓ちゃんと出会う前に知り合ってたら好きになっちゃいそうだよ」 幸さんはそう言うと僕から離れてまた無理して笑ってくれた。 「秋くんも濡れちゃったね。とりあえず家の中にはいろ」 幸さんにそう言われて中に入った。幸さんの部屋に通されてタオルを貸してもらった。 「じゃあ私はちょっとお風呂に入ってくるね」 幸さんはそう言うと部屋を出て行ってしまった。 僕はずるい。拓郎さんに付き合うつもりはないと言ったくせに今なら付き合えるかもしれないと思ってしまっている。幸さんの隣にいられると思っている。こんな気持ち、ずるくて汚い。だけどそれでも良いと思っている自分もいる。 「秋くん、麦茶持ってきたよ。さっきはありがとね」 数分して幸さんが帰ってきた。 「ありがとうございます」 僕はそう言って麦茶を受け取った。 「姉ちゃん、秋きてる?」 そんな時扉越しに和也の声がして幸さんはきてるよと言って扉を開けた。 「やっぱいた。さっき声が聞こえたからいるかと思って。てかさ、お前、今日うち来るって言ってたのに何姉ちゃんの部屋に直行してんだよ。声ぐらいかけろよ」 和也は文句を言うようにそう言った。 「ごめんごめん。忘れてた」 「おい、忘れてたってなんだよ。ひでえな。まあいいや。とりあえず新しいゲーム買ったからこっち来てやろうぜ」 和也にそう言われて僕は立ち上がって、それなら幸さんも一緒にどうですかと誘った。何となく今は幸さんを一人にはしたくなかった。 「え、良いの?」 「まあ、俺は別に良いけど」 和也はそう言うと先に自分の部屋に戻ってしまった。 「じゃあ行きましょうか」 「うん、そうだね」 幸さんと一緒に和也の部屋に行って、新しく和也が買ったゲームをやり始める。 「また負けちゃった。秋くん強いね」 「そんな事ないだろ。秋が強いんじゃなくて姉ちゃんが弱すぎるんだって」 和也は幸さんにそう言って笑った。 「違うもん。私が弱いんじゃなくて秋くんが強いんだもん」 「はいはい、そういう事にしておこうか」  和也はまた呆れるように笑いながらそう言った。 「何よそれ」 そんな二人の姿を僕は見て和んでいた。 それから数時間がたって帰る時間になった。 「そろそろ帰んなくていいのか」     「え、あ、うん」 僕は小さく和也の問いに答えた。 「姉ちゃん、課題やらなくて良いのかよ」 「そうだった。課題多いんだよね。秋くんまたね」 和也が僕の異変に気づいたのか気を遣って幸さんにそう言った。そして幸さんも僕に気を遣ってくれて部屋を出て行った。 「んで、どうしたんだよ」 「昨日さ、うちの母親に僕のことを話したんだ。そしたらわかってもらえなかったよ。何か、予想してたけど凄く悲しかった」 僕は昨日のことを和也に正直に話した。すると和也は僕の話を黙って聞いてくれた。 「まあさ、秋にとってはずっと考えていたことかもしれないけど、お前の母親にとっては突然だっただろうし時間が必要なんだと思うぞ。それを受け入れるには」 和也にそう言われて確かにそうかもしれないと思った。 「…もう少し話してみようかな」 僕は小さな声でそう言うと立ち上がった。 「きっとちゃんと話せばわかってもらえるさ」 「うん、ありがとう」 僕は和也にそう言うと家に帰った。 「ただいま」 「お帰り、遅かったわね。何してたの?」 家に着いて玄関に入ると母が少し怒った様子でそう言ってきた。 「あのさ、話しがあるんだけど」 僕は真剣な顔をして母にそう言うとリビングに行った。 「ちょうど良いわ、お母さんも話しがあるの」 母もそう言うと椅子に座る。 「じゃあ僕から話すね。昨日の話本当だから。僕はもう自分に嘘ついて生きていきたくない。そう思わせてくれた大切な人達がいるから。僕はお母さんのこと好きだから自分のことを受け入れて欲しいんだ」 僕の両手が震えて緊張していた。 「まだそんな事を言っているの。受け入れるも何も、秋は可愛いお母さんの娘なのよ。秋の言っていることは前にも言ったけど思春期特有の物でそれは勘違いなのよ」 母の言葉に僕は少し呆れにも似た感情を覚えた。そして何でそんな事を言うのかと言う言葉を飲み込んで小さな声でもうそれで良いよと言って自分の部屋に入った。 もう母には話さないと決めた。何度も無駄とわかっていながら母に話していたのは本当に大好きだったから。だけど、理解してもらえない。それがとても悲しく感じた。 それから数日後、携帯の着信が鳴り確認すると知らないアドレスからでそこには、幸です。和也からアドレス教えてもらっちゃった。ありがとね、秋くんのお陰で元気出ちゃった。あと、今度二人で遊びに行けないかな、伝えたいことがあるのと書いてあった。僕はすぐにもちろんです、明日とかはどうですかと返信を打ち込んで送った。そして明日二人で遊びに行くことになった。 ー続くー
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