第五話 付き合い方

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第五話 付き合い方

それから時間はたって授業が始まり、あっという間に放課後になっていた。 「秋、帰ろうぜ」 「ごめん。坂本先輩が来るから」 僕がそう言うと和也は、お熱いことですねと少し冷やかして帰って行った。そのうち他の人も帰っていき一人だけになってしまった。 「あっちゃん、ごめん」 息を切らしながら坂本先輩が教室に顔を出した。 「大丈夫ですよ」 僕はなるべく笑顔を作りそう言うと坂本先輩の手を握った。 「あっちゃん、手。良いの?」 坂本先輩が心配そうに聞いてきた。 「良いも何も私達は付き合ってるんですから」 「そうだよな。嬉しいな」 坂本先輩は照れくさそうにそう言うと歩き出した。そんな坂本先輩を横に少しずつこうやって慣れていこう。坂本先輩を好きになっていこう。これが、母を安心させて僕が幸せになる道だから。そんなことを思っていた。 「あっちゃん、寄り道していかない?」 坂本先輩にそう言われて二人で公園のベンチに座った。 「坂本先輩、私のどこが良かったんですか。ほら、だって私は服装もこんなだし、可愛いとは言えないし」 「あっちゃんは充分可愛いよ。学校でどこか誰もとっつきにくい雰囲気も持ってるけど、それも俺は好きだし。人には見せないけど、どこか何かに悩んでいる感じもあって、かってなんだけど、あっちゃんの側にいて力になりたい、俺が笑わせてあげたいって思ったんだ」 坂本先輩は僕の顔を真っ直ぐにみる。 「ありがとうございます。あの、坂本先輩。私、先輩が言うなら服装とか色々替えてみようと思います」 坂本先輩のために変わろうと思った。きっと今の僕にここまで言ってくれる人は居ないと思うから。 「いや、俺のために服装とか性格を変えたりしなくて良いよ。俺は、今のあっちゃんを好きになったから。無理に変える必要はない。だって、君が好きなように生きてくれなくちゃ、俺が好きになったあっちゃんじゃなくなってしまうから。だからあっちゃんはそのままでいて」 坂本先輩の言葉になんだか勇気づけられていた。今までそんな事を言ってくれたのは、初恋のあの人だけだった。 『君が男の子だろうと女の子だろうと関係ない。私は君を一人の人として大好きなんだよ。だからもう泣かないの』 あの人は虐められていた僕をそう言って励まして頭を優しく撫でてくれた。僕はそんな優しい彼女にいつの間にか惹かれていた。そして、同じようなことを言ってくれた坂本先輩の顔にあの人の顔を重ねていた。 「ありがとうございます。そう言ってくれて嬉しいです」 僕は坂本先輩の顔を優しく見た。 「もうこんな時間だね。そろそろ帰ろうか。俺、送っていくよ」 坂本先輩は立ち上がりそう言うと僕に手をさしのべた。 「そうですね」 僕はその手を握り立ち上がる。そしてゆっくりと歩き出し自分の家へと向かった。 「じゃあまた明日」 「はい」 坂本先輩を見送り家の中に入った。夕飯を作るのを忘れていたのを思いだし、台所に向かう。 「お帰り、秋。珍しいわね、どこかに寄り道でもしていたの?」 リビングに着くと母が夕飯を作って待っていてくれていた。 「ごめんなさい。ちょっと公園に寄り道してたんだ」 僕は母に正直に話す。 「あら、そうなの。なあに、いい人でも出来た?」 母は楽しそうに聞いてきた。母は昔から勘が良い。僕に何かあると必ず気づいて聞いてくる。だから毎日僕は男なんだという感情を誤魔化すのに精一杯だった。 「あ、うん。今日ね、告白されて付き合うことにしたんだ。その人、凄く優しいんだよ」 なるべく嬉しそうにそう話す。 「そうなの、良かったわね。今度家につれていらっしゃい」 「うん、わかった」 精一杯の笑顔を作りそう言って着替えるため部屋に行った。母の顔は本当に嬉しそうだった。今の僕には、母の嬉しそうな顔を見られるだけで良かったんだと思う。僕は間違ったことはしていない。だけど、何かわからないもやもやした感情が離れてくれなかった。 「お待たせ」 「じゃあ食べましょう」 着替えを済ませて母の待つリビングに行き夕飯を食べ始める。食べている時にずっと母が坂本先輩の話しをきいてきたからなんだか少し苦しくなって食べ終わるとすぐに部屋に戻った。 ー続くー
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