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第七話 想い
次の日、坂本先輩に自分の家にきて欲しいと伝え、学校が終わってから坂本先輩を家に連れて行った。
「坂本先輩、母が帰ってくるまでそこでくつろいでいて下さい。私は夕飯の準備をするので」
坂本先輩にそう言って台所に立つ。
「いつもあっちゃんが作ってるの?」
後ろから坂本先輩が話しかけてきた。
「はい、母は私のために一生懸命、働いてくれているので、私が出来ることはやろうと思って」
僕は作る手を止めずに話す。
「そうなんだ。偉いんだね、あっちゃんは」
「偉くなんてないです」
僕と坂本先輩がそんな事を話していると母が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
母は坂本先輩を見ると嬉しそうに話しかけた。
「初めまして、秋の母です。秋がいつもお世話になってます」
それを聞いた坂本先輩が少し声を高くして答える。
「は、初めまして。坂本俊です。秋さんとあの、付き合ってます」
僕は二人の近くに行き、坂本先輩に緊張しすぎですよと笑った。その後、夕飯は作り終わり、机に並べて三人で食べる。
「秋のどこが良かったんですか?」
「何聞いてるのよ、お母さん」
嬉しそうにそうきく母に僕はすかさずそう言った。
「だってね、この子、服装とかこんなでしょ。まるで女の子っぽくないし」
「そんな事ないですよ。あっちゃん、あ、秋ちゃんは女の子らしいです。ちゃんと僕の事も気遣ってくれるし、こうやってお母さんのために夕飯まで作ってるじゃないですか。それに僕は今の秋ちゃんを好きになったんです。今の秋ちゃんじゃなくちゃ、きっと好きになってなかったと思います」
母の言葉に坂本先輩はすぐにそう答えた。僕は本当はこの言葉に喜ばないといけないのに喜ぶことが出来ずに胸が少し痛んでいた。
「そうなんですか。良かったわ、安心しました。良い人が出来て良かったわね、秋」
「…うん」
母の言葉に少し小さな声でそう答えた。数分後、夕飯も食べ終わり、食器を洗いに行こうとする。
「今日はお母さんが洗うから良いわよ」
母にそう言われて坂本先輩を自分の部屋に案内した。
「好きな所に座って下さい」
僕は坂本先輩が座るのを確認してから隣に座った。
「今日は来てくれてありがとうございました。母も喜んでくれたみたいで良かったです」
なるべく笑顔を作りそう言った。
「俺も家に招いてくれて嬉しかったよ。俺さ、あっちゃんに家に呼んでもらえるなんて思ってなくて、付き合えているのも夢みたいだったんだ。だって元々俺が勝手にあっちゃんを好きになって告白したわけだし。あっちゃんが俺を好きな保証はどこにもなくて、不安だったんだ」
坂本先輩は僕の顔を見ずにそう話した。僕はその言葉になんて返したら良いかわからなかった。坂本先輩からの告白に答えたのは母を悲しませたくなかったからで、別に好きだったわけじゃない。自分はこんなに真っ直ぐに自分のことを想ってくれている人を利用したんだ。そう思ったら胸が締め付けられるみたいに痛み出した。
「大丈夫ですよ、私はちゃんと大好きです」
だからそう言うしかなかった。これからちゃんと坂本先輩を男性として好きになろう。そうすれば誰も傷つかなくてすむ。そう自分に言い聞かせることにした。
「あっちゃん、俺も大好きだよ」
坂本先輩はそう言うと僕に近寄り、唇を合わせてきた。僕は突然のことでとっさに 坂本先輩を吹き飛ばそうとしたが我慢した。ここで吹き飛ばしてしまえば、嫌だとただ一言言ってしまえばそれですむことだけど、そんな事をしてしまえば今までのことが全て泡となってしまうかもしれない。
「いきなりごめん。でも、改めてあっちゃんから好きって聞いたらとまんなくて。嫌だったなら謝るよ」
「嫌じゃないです。嬉しかったですよ」
恥ずかしそうにそう言う坂本先輩に僕は無理矢理笑い、そう言うしかなかった。だけど確かに触れた唇からは後悔と嫌悪感だけが残ってしまった。
「良かった」
坂本先輩は僕の想いとは裏腹に喜んでいた。それから数分後坂本先輩は帰っていった。僕は母に会いたくなくて部屋に一人閉じこもる。
ー続くー
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