第九話 嘘と本当

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第九話 嘘と本当

昼休みになり、それでも僕は和也と話しがしたくて話しかけ続けた。 「和也、聞いてくれよ。この前、坂本先輩が」 「なぁ、それ、今聞かなきゃ駄目な話しか?」 和也が冷たくそう言っってきた。最近、坂本先輩の話をすると冷たい態度をされていたことに気づく。 「何で坂本先輩の話をすると冷たくなるの。てか、最近私に対して冷たいよね。何でだよ」 僕は和也の前に立ちそう聞く。 「…別に冷たくなんかしてねえよ。お前の勘違いじゃね」 和也はそう言って教室を出て行ってしまった。僕も和也の後を追いかけて階段の所で和也の手を掴んだ。 「やっぱり冷たい。なぁ、私が何かした?」 「何もしてない。ただ、イライラしてただけ」 和也は僕の顔を見ようとしない。 「何にイライラしてんだよ」 「じゃあ正直に話すけど、お前はいつまで自分に嘘をついて周りに嘘をついて生きていくつもりなんだよ。俺が何も気づいてないとでも思ってたのかよ」 和也の言葉に心臓が大きく鳴った。 「何言ってんだよ」 僕はそれ以上何も返せなかった。和也の次の言葉をきくのがただ怖くて逃げ出したかった。 「お前、本当の自分を俺にみせてねえだろ。気づいてた、お前が必死で隠そうとしていたことを。だけど、俺からその事を言うんじゃなくてお前から言って欲しくて黙ってた。だけど、その事を話すどころか坂本先輩のことを無理して楽しそうに話しやがって。だからイラついてんだよ」 和也の言葉に僕はついに何も話せなくなった。 今のこの状況は何? 僕は一体どうすれば良いの? 「良いか、秋。俺はお前の何を聞いても離れたりしない。後悔もしない。それでもお前が話したくないというなら話さなくて良い。ただ、何でも話せる奴とじゃなきゃダチなんかやってられねえ」 和也は僕の顔を真っ直ぐにみた。 「…怖かったんだよ。和也が僕のことを知って離れていってしまうのが。臆病だったんだ。今まで本当のことを話すとみんな口を揃えて気持ち悪いといって僕から離れていった。きっと和也もそうなんだと思って言わずに逃げてたんだ」 和也の顔を見られなかった。どんな顔をしてみれば良いのかわからなかった。 「物心つく頃から体にどうしようもない違和感があって。その違和感は体が女性の体に成長していくのと同時に大きくなって。だけど、こんなこと誰にいっても理解してもらえなくて」 気がつくと僕は和也に話し始めていて、自分のことも僕と呼んでいた。 「もう話さなくて良い。少なくとも俺はお前の本音を聞けて嬉しかった」 和也は僕を優しく抱き寄せるとそう言った。 「俺は、お前が男だとか女だとかそんな事は正直どうでも良い。だけど、一人で悩んでいるお前をみるのが辛かったんだ。初めて会ったあの時みたいに言いたいことはお互い隠さずに話していこうぜ。俺はただ、お前といると楽しいから一緒にいるだけだしさ」 「…うん」 僕はそれだけを言うと静かに涙を流した。数分後、少し落ち着いてから和也に話し出す。  「和也、坂本先輩のことなんだけど、これからも付き合っていこうと思うんだ。僕はこれから先も自分のこの感情を隠して生きていかなくちゃいけないと思うから。だって、僕が男として生きていきたいなんて感情はお母さんを傷つけて苦しめてしまうだけだと思うから。それに世間の目もあるしどうしようもないことだと思うんだ」 僕は少し無理矢理笑ってみせる。 「秋がそれで満足なら俺は何も言わねえけど、そんな人生、つまんねえよな。だってさ、よく考えてみろよ。お前は母親のためにとか言うけど、遅かれ早かれ自然の原理で先にあの世に逝っちまうんだぜ。親が逝っちまった後に自分の人生をやり直そうとしても遅いよな。時間は後戻りしないわけだし、お前はお前で悔いのないように生きた方が楽しくねえか。まあでも、坂本先輩の件に関しては何も言わねえよ。言う権利も俺にはないしな」 和也はそう言うと僕に歯を見せて笑ってくれた。 「秋、良いか。俺は何があってもお前のダチだ。だから何かあったらいつでも愚痴ってこい」 「ありがとう」 僕はそう言うと心からの笑顔を見せた。そうしているうちに昼休みが終わることを知らす合図が鳴った。僕らは急いで教室に戻る。 ー続くー
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