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「お前さ、嘘つくならもうちょっとましな嘘をつけよな」
呆れる思いでそう言ってから踵を返し来た道を戻る。
「嘘じゃないって。本当にあったんだから」
訴えながら彼女もあとをついてくる。
その時ふと思い出した。そう言えば最近これと同じような話を聞いたことがあった。それは会社の後輩の高橋から聞かされたものだ。彼が数週間前に渓流釣りへ行ったとき、大きな家を見つけたらしいのだ。ところが友人を連れて同じ場所に戻ってみても、その家は見つからなかったという。まさしく今回と同じだ。後日俺は暇つぶしにそのことを調べてみた。するとマヨヒガという話がヒットした。それは柳田国男が1910年に発表した遠野物語という説話集に収められた二つの話で、確かこんな内容だったはず。
その昔、男が山の中で大きな家を見つけた。村に戻った男はそれがマヨヒガだと知らされる。さらにそこから何か物を持ち帰れば金持ちになれると聞き、皆でその家を探しに戻る。ところが家があったはずの場所には何もなかった。
それともう一つ。女が山菜を採りに山に入った。そこで大きな家を見つけるが、不気味に思い村に逃げ帰った。その後、女が川で洗濯をしているとお椀が流れてきた。女はそれを拾い、米びつの米を計る器として使うと、米は一向に減らなくなった。それ以来女の家は幸運に恵まれ、大金持ちになったという。
男は当初、マヨヒガの存在を知らなかったから見つけることができた。ところが村人にその秘密を知らされてしまったため、二度と見ることができなくなってしまった。逆に女は最後までマヨヒガがどういうものかを知らずにいた。だから後に幸運がもたらされたのだ。お椀という形で。
今日の一件に照らし合わせれば、ミカはマヨヒガのことを知らなかったから見ることができた。ところが二度目に行ったときにはマヨヒガの秘密を知っている俺がいたから発見することができなかったのだ。つまり、このまま俺がマヨヒガの秘密を教えなければ、近い将来彼女には幸運が舞い込むのだろう。もちろん後輩の高橋にもだ。
こんなことになるならあの時マヨヒガのことなど調べなければよかった。そうすれば俺もマヨヒガを見つけ、金持ちになれたかもしれないのに。いや待てよ。まだチャンスはある。マヨヒガから何かを持ち帰ればいいのだ。たとえ俺がそこに行けなくても、その何かを手に入れる方法はあるじゃないか。
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