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その女は名詮自性、即ち名は体を表すで薊と書いて読んで字の如く刺のある女だった。しかし、良家の令嬢で美人なので京都迎賓館で催された財界の祝宴においてまだまだ伸び代のある壮年の財界人の目に留まり、良家同士の好ましい縁談ということで交際の間は羊の皮を被った狼の如く大人しくしながら順調に仲を深め、一瀉千里に踏むべき段階を経てスピード婚した。が、姓が奇しくも戸毛原に変わったこともあってか、刺が倍加して正しく刺々しい妻になる運命となった。と言うのも彼女は夫となった幸太郎が芸者遊びに興じ、それが駆け馬に鞭を打つが如くエスカレートした所為で燃え盛る炎のような嫉妬心を抱く仕儀になったからである。
となると幸太郎は芸者遊びを控えなければいけないが、取り分け気に入った芸妓がいて彼女のパトロン所謂旦那になるだけのポケットマネーが有るので出来れば、そうなりたいのである。けれども、そうなれば薊と破局するのは目に見えているからそうなろうとは思いきれないのであった。
そんな所以から芸者遊びに血道を上げられなくなって十分楽しめないでいた彼は、芸妓への思いを断ち切れないからであろう、或る時、インターネットで何気に芸者と検索してみたところ、芸妓のコスプレをした美形のチャットガールの存在を知り、大いに気に入ったので早速、チャットアプリに登録してオンラインで繋がることに成功した。
彼女の登録名は芸妓の源氏名によくある圭衣子。勿論、白粉を塗って化粧をばっちり決めていて島田髷に結い(と言っても鬘だが)、花簪、根掛け、笄などで飾り、詰袖の着物を着ている。
幸太郎は全く自然の成り行きで圭衣子と親しく話せるようになると、彼女のことをけいちゃんと呼ぶようになり、是非とも会いたいと願うに及び、会ってくれまへんかと頼み込んだ。
すると圭衣子は芸妓の格好の儘でおましたらお会いしても宜しゅうどすえと答えた。それは薊が芸妓ならどんなにええかと思う幸太郎の偏に望むところだったので彼は喜んでOKした。
最初に落ち合ったのは東山駅改札口前だった。幸太郎は実際に圭衣子と会ってみて自分の嗜好に剴切な容貌と身なりであるし、日本女性はこうでなくてはあかんと思う程、彼女にぞっこんになったから、その日は丁度季節は春で円山公園を散歩しながら枝垂れ桜を堪能すると同時に圭衣子の美貌を思う存分賞玩した。梅に鶯、桜に幕で嫋々たる枝垂れ桜と芸妓は全く華麗に溶け合って調和し、滋味掬すべき風物なのである。
それからというもの幸太郎は薊に怪しまれない為に花柳界圏外の料亭なぞへ行って圭衣子と交際を続けたが、彼女は芸妓のような芸はないし、二人だけだから祇園の花街で芸者遊びしていた時みたいに弦歌盛んにして放歌激し呵々大笑するといった、さんざめくことは勿論なく物足りない面はあった。
片や圭衣子は多額のチップをもらえたりするのでパパ活みたいやわと思いつついつもほくほくしていた。
そんな彼女を幸太郎はむしろ安上がりな女だと思っていた。それと言うのが普通の芸者遊びより断然安く済むし、薊と料亭に行った場合、テーブルが木目模様のプリント仕立てだったりすると、自邸の縄文杉の一枚板で出来たテーブルに慣れているので、こんな贋物の店、話にならへんと文句を垂れ、もっと高級な店にしてえな!とせがむのに対し、圭衣子はそもそも出しゃばれる立場でないからそんな風にせがまないのは素よりプリント仕立てのテーブルでも何にも文句を言わないのである。
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