野獣の闘技場

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野獣の闘技場

 鬱蒼とした森林地帯。  侵入者を拒むどころか、その存在すら認めていないかのように多い繁る草木。それを分け、足を進める。  特有の蒸し暑さにすぐ体中から汗が滴る。  まずは第一の関門「野獣の闘技場」。  人よりはるかに大きな生物や鋭い爪や牙をもった生物が多く生息する場所。出会う生き物はすべて敵、すべては餌。戦って戦って強者が弱者を屠る場所。  特に気をつけなければならないのは王蛇。全長10メートルを超える蛇だ。毒はないが巻きつかれたら骨を粉々にされる。屈強な男が小枝のごとく、と命からがら生還した先人がいっている。グニャグニャにされて飲み込まれていく仲間を、置き去りにせざるを得ない状況に追い込まれる。生還した一人はその後嚥下障害になり、やがて自殺した。  リンチ猿。20匹ほどの集団で襲ってくることからそう呼ばれる。類人猿の脳みそが好物で、頭を割りその鋭い爪で頭蓋骨をこじ開ける。人間も好んで襲う。人間になり損ねた恨みを晴らしに来るともいわれている。  オオグチ。水辺に棲む全長3メートルにもなる獣。草食動物だが縄張り意識が強く、侵入者とみなされるとその巨体で突進してくる。最大の恐怖は名前の由来ともなった大きな口。大人の男の頭も簡単に食いちぎる。渇きにひっぱられ不用意に水辺に近づけばガブリだ。もう渇きどころではない。  密猟者。希少な生物が生息していることから転売目的で入って来る者がいる。様々な罠を仕掛けるため、自分がそれにかかってしまわないようにしなければならない。  レンジャー。密猟者から希少な生物を守るために武装した部隊。密猟者を発見したら即射殺してもいいきまりになっている。俺がサインした書類には、密猟者と間違えられて殺されても文句は言いませんという条項があった。  そしてもうひとつ。  原住民である「黒く背の高い人」。彼らに気に入られることが生死を分ける。彼らは肌は黒く艶があり、瘦身で、背は2メートルを超える。  過酷な環境を突破するにはそこで暮らしている先住民の知恵を借りなければならない。  危険生物だけでなく、食料や水の確保や、体調を崩したときの対処法など頼りにすべきことは多い。  彼らがその人を気に入るか気に入らないかの理由は、森を汚すものかそうでないか。  その驚異的視力で侵入者を早々に見つけるとしばらく行動を観察するのだという。森を汚す者とみなすや森から追い出す。それに従わなければ集落へ連れて行き家畜にするか、殺すか。  以前森に入ったある先人たちの記録がそれを語っている。  その愚かな挑戦者は森を進む際、希少生物の収集も行った。主に皮や牙を捕ったのだが、その行為は彼らの怒りをかった。森を出て行くように激しい口調でいわれたが、それに抵抗した。そのとき彼らのいうことをきいておけばよかったと記録にはある。  焼印を体に押され、首輪でつながれ、鞭で叩かれての強制労働。たまらず森を出て行くから解放して欲しいと告げると許してくれた。だが、森を出る際に全員両腕を切り落とされ、密猟者としてレンジャーに引き渡された。  その愚か者は今現在も投獄中である。  俺が読んだ記録は彼らが裁判にかけられたときに語られたものだ。  幸いにも俺は彼らに気に入ってもらえたようだ。  二人組の「黒く背の高い人」は俺に食糧をくれた。その食糧とは驚くべきことに王蛇だ。  どうやったかは知らないが彼らはそれを狩り、輪切りにして、ほどよく焼いたものを俺にくれた。蛇は精が強いため過酷な環境下を生きるにはとてもいいのだ。  俺はこの日のために彼らの言葉を学んできた。片言ならしゃべることができる。  俺を案内してくれるそうだ。  彼らと行動をともにするようになって彼らが王蛇を狩った理由がわかった。  体が大きいがために十分な量であり、狩りに時間を取られることがなくなる。腐りにくく保存がきく。さらに王蛇がやってきたと他の生物が勘違いをして逃げてくれる。  自分を襲って来る生物の声や気配をいち早く察知するために神経を研ぎ澄ませて、注意を払っていたがそれはとても体力を消耗する。  それが軽減されとても楽になった。  背が高いことからレンジャーからは発見しやすく、また密猟者は彼らを恐れて逃げて行く。彼らは仕事として密猟者が仕掛けた罠を見つけては壊すのでそこも助かるところだ。  またオオグチの生態もよく知っているため、比較的容易に水辺に近づくことが可能となり水の確保も十分にできる。当然に諦めていた行水もすることができた。  森に入っての数日の間に汗とともにこびりついた様々なものを洗い流すことができてなんと爽快なことか。  彼らは泳ぎも得意で、水底に棲むナマズの仲間を捕ってスープにして食わせてくれた。  実はそれが凶暴な肉食の魚であることは歯の形状を見て悟ったのだが、それに驚いている俺を見て彼らは声を出して笑った。  そんな彼らとも別れる時がきた。  森に詳しい彼らもここから奥は行くことはないという。  密猟者も足を踏み入れない。  それだけ厳しい環境ということか。  彼らに帰りの案内も頼みたいことを告げた。生還こそが目的なのだ。 彼らは快く引き受けてくれて、自生する植物を削って作った小さな笛をくれた。これを吹けばすぐにかけつけてくれるのだという。  彼らに見送られ俺はさらなる危険地帯へと足を踏み入れた。  第二の関門「狂蟲のダンスホール」。
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