10人が本棚に入れています
本棚に追加
その大学生は、何も俺の知り合いというわけではない。ただ、ずっと憧れだった学校の先生になるため、がんばって勉強して教職免許が取れる学校に入ったのに、結局教育実習がほとんど進まなくて途方に暮れている。毎日一人暮らしで友達にも家族にも会えなくて辛い――そんなことを、ちょこっと呟いただけであったのである。
彼女にとって皮肉だったのは、彼女が某雑誌の読者モデルであり、かなりの美少女であったこと。そして、フォロワー数が一万人程度にはいたということである。その結果、彼女に嫉妬していた連中を中心に、ここぞとばかりにアンチが集まって大騒ぎする結果になってしまったのだ。なんせ、彼女をフォローしてもフォローされてもいない自分のところにまで、彼女の発言のリツイートが飛んでくるほどである。
何も彼女は、他の誰かを羨ましいと言ったわけではない。
大学を今すぐ再開させてほしいと発言したわけでもない。
確かに、自分のフォロワーの数とアンチの数を見誤っていて少々迂闊な物言いをしてしまったかもしれないが、それだけである。何故ここまで叩かれなければいけないのか。それは純粋に彼女が嫉妬を買いやすい存在であったのもあるし――誰もがストレスをため込んで、それをぶつける対象をひたすら探していたというのもあるのだろう。
日本人の悪いところだ。協調性と言えば聞こえはいいが、裏を返せばマイノリティをけして許さないということでもある。足並みを少しでも乱そうとする人間は、徹底的に排除しなければ気が済まない。自分が多数派でないと安心できない。そして、自分“だけ”が我慢することも許容できない。あの人は好き勝手やってるのに、なんで自分だけが我慢しなければいけないの――という発想にすぐ落ち着いてしまうのある。
彼女にそんな感情が全くなかった、とは言わない。それでも、彼女の言葉はきっとそんなかんじで、実際より遥かに誇張して多くの人間に聞こえてしまったのだ。本当はそれを聞いたみんなが同じことを思っていたがゆえに。
――不満に思うことも、許されないのかよ……俺達大学生は。
忌々しいのは。そうやって叩いてくる連中の大半は、あの感染症もなかった頃に“まともに”大学を出させて貰っているということである。自分達は我慢なんかしなかったくせに、俺達の代だけこんなに叩かれなくてはいけないのは意味がわからないと思ってしまう。
最初のコメントを投稿しよう!