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溜息と共に頬杖をつくと、忌一のジャケット右手袖口から、鰻の頭がニョロンと飛び出し、ニコッと微笑む。忌一の式神、“龍蜷”である。彼の姿は忌一にしか見えていない。
「我が喰おうか?」
異形のことを言っているのだろう。それは忌一としてもありがたいことだが……。
今度は忌一のジャケットの内ポケットから、昔話の花咲か爺のような恰好をした小さな老人が現れ、テーブルに置かれたお冷の横でどっこいしょと胡坐をかいた。
「やめとけ、龍蜷。おぬしの封印が緩まれば、主が大変なことになる」
彼も忌一の式神、桜爺である。龍蜷よりも先輩で、忌一にとっては最初の式神でもある。忌一はこの二体の式神を使役していた。
龍蜷は忌一の身の内に住む凶暴な異形を封印しているため、式神としての他の仕事はあまりさせたくない。
「説得できるもんなのかなぁ?」
独り言の振りをして呟くが、これは桜爺に向けた言葉だ。桜爺は龍蜷が現れるまで忌一に巣くう異形を封印していたが、龍蜷に役割をバトンタッチしたことにより、今は自由だ。
しかし彼が式神として出来ることはあまりなく、得意技は『説得』という交渉術だ。
「あれは『知りたがり』という異形じゃな。ただただ知りたいという欲望のままに生きている異形で、言葉を解せぬ。あの手の異形には、わしでも無理じゃな」
剛之はその知りたがりと波長が合ってしまったのだろう。恋慕から伊織のことを知りたい願う剛之の欲望に知りたがりが憑りつき、剛之の意識が消えかかる睡眠時を狙って、異形の力で生霊を飛ばしたのだ。
最初にドアホンが鳴った時、伊織が扉を開けなければ、異形の力を借りても生霊は部屋へ入ることが出来なかったのだろうが、家主が一度招き入れてしまったために、それから毎晩のように部屋へ上がり込み、天井から彼女の寝姿を凝視していたのだろう。
しかし、生霊の見ている映像は知りたがりに養分として吸い取られ、本人には全く記憶も自覚も無いのだろうが。
「打つ手無しか……」
「そうでもないぞ。例えば、宿主の執心が解ければ或いは」
「なるほど!」
弾かれたように思わず大きな声を出すと、茜が「さっきから何独り言ばっか言ってんの!?」と怒った。
式神の声は当然彼女には聞こえないので、いい加減怖くなったのだろう。何かと話していたのは察していただろうが、ついに耐えかねたという感じだ。
「悪い悪い。いい方法が思いついたから、茜にも手伝って欲しいんだけどさ……」
そう言って忌一は、今思いついた作戦を茜に耳打ちするのだった。
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