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「結構近いな……」
足あとの出発地点であろう場所は、意外にも伊織のアパートから百メートルも離れていない場所にあった。
「このアパートに続いてるの?」
伊織のアパートよりも更に築年数が十年以上ほど経っていそうなボロアパートだ。各階四世帯の計八世帯が住める建物だが、足あとは一階の部屋から続いている。
「あの右からニ番目の部屋が出所みたいだな、この足あと」
「伊織の部屋にいる蛙が、あそこに住んでるってこと?」
「しっ! 誰か出てくる」
足あとの出所である部屋の扉がキィッと音を立てて開き、平均男性より少しだけ体格のいい男が一人、その部屋から出てきた。
二人は彼に見つからないようこっそりと通りへ出て、通行人の振りをする。細い脇道に身を潜め、今来たアパート前の道を振り返ると、男が反対方向へ歩いていくのが見えた。
「茜、どんな奴だった?」
「どんな奴って……今忌一にも見えてたでしょ?」
「いや、俺にはちょっと……顔がぼやけてて」
「そんなに目悪かったっけ? まぁ、いいや。あの人、どっかで見たことあるんだよね……」
「他人の空似じゃなくて?」
「多分。大学の時かな?」
この辺りは茜の通っていた大学の最寄り駅周辺なのだから、同じ大学の者が住んでいてもおかしくはない。
忌一は顎を摩りながら暫く考え込んだ後、男の向かった方へと歩き出した。
「え!? どこ行くの!?」
「もうちょい尾行してみる」
「え~!?」
茜の面倒臭そうな声が聞こえたが、すぐにタッタッタと後を追う足音も聞こえるのだった。
*
大通りに出てすぐのコンビニと、レンタルビデオ店を経由した後、男は駅前通り沿いにあるチェーン店の居酒屋へと入って行った。まだ店の営業開始前なのにである。
「え……ここってまさか……」
「何だ?」
「伊織のバイト先も確か飲み屋だって……」
その時、店の暖簾を持った伊織が店内から出てきた。
「あれ? 茜に忌一さん。私、ここがバイト先だって言ったっけ?」
「ううん。飲み屋としか聞いてない。ここに来たのは偶然で……」
二人が普通に居酒屋へ飲みに来たのかと、伊織は冷やかすような目で茜を見つめる。
「だから違うって!! それよりこのお店、同じ大学の後輩とか働いてる?」
「あぁ、剛之君のこと? 演劇サークル時代の後輩だよ。今大学四年生かな? 私がここのバイトを紹介したんだよね」
茜と忌一は顔を見合わせる。彼を見たことがあるという茜の記憶は、彼女の所属していたサークルの公演を見た時だったのだ。おそらく“剛之君”が、蛙の部屋から出てきた男で間違いない。
そして彼女と剛之には、現在進行形で接点があったのだ。
「まぁとにかく、ここで立ち話もなんでしょ? 席に案内するよ」
そう言って店前の電光看板の電気を点けると、伊織は二人を店内へ招き入れた。
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