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一週間後の昼過ぎ、茜と忌一と伊織の三人は再び同じカフェで再会していた。
「伊織。その後大丈夫? あの飲み屋で働き辛くなってない?」
「全然大丈夫。あの子、他人のプライバシーを言いふらすタイプじゃないから」
「確かに。あんなこと言い触らす度胸あるなら、とっくに伊織へ告ってたよね」
伊織の部屋の怪奇現象は、あの日からぱったりと無くなったのだと言う。それで一週間後のこの日、改めてお礼に渡したいものがあるのだと、二人は呼び出されていた。
一週間前のあの日、茜に作戦を授けた後、忌一は居酒屋のトイレへ身を隠した。そして茜は伊織を使い、剛之に注文を取りに来させた。
「ここに大学時代から付き合っている恋人が働いてるんだけど、仕事終わったら私の家に寄ってと伝えてくれる?」
「いいですよ。誰ですか?」
「赤羽伊織っていう子なんだけど」
伊織は美人なので高嶺の花だと思われるのか、意外にも大学時代に浮いた話は一つも無かった。演技に熱中し女優という夢を持ってからは、寄せられる好意を悉く断っており、周囲に恋愛話をするのもあまり得意ではなかったのが功を奏した。
勿論この作戦を実行する際には、事前に伊織からの了承を得ている。
茜から『ミッション完了』というメールを受けとり、トイレから出てきた忌一は、個室へ戻るまでに伊織の部屋の天井で四つん這いになっていた男とすれ違った。心ここにあらずという感じではあったが。
茜の言づてを聞いた剛之は、伊織に対する恋慕が冷め、彼の頭に貼り付いていた異形はすぐに離れて行ったらしい。
「お礼と言っちゃなんだけどこれ、この間話したうちの劇団の公演チケット。デートがてら二人で見に来て」
「だから私と忌一は……」
「従兄妹なんでしょ? わかってるって。申し訳ないけど今日もこれからバイトなの。ここは奢るから二人はごゆっくり」
そう言って伝票を持つと、ウインクをして伊織は颯爽と席を後にした。
「伊織さんていい人だな。ところでそれ、いつ行く?」
期待で目を輝かせた忌一の顔面に、茜は無言でチケットを一枚ペタッと貼り付けた。
「え!? 一緒に行くだろ? 普通」
「ここのカフェラテ、めっちゃ美味しいよねぇ」
「茜ちゃん!? 嘘だよね? 一緒に行くよね? ねぇ!」
カフェラテをすする音だけが、忌一の耳にやけに大きく響くのだった。
<完>
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