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土曜の昼過ぎ。通っていた大学の最寄り駅前のカフェで、松原茜は懐かしい顔と再会した。
「伊織! うわ~、久しぶり。元気だった? 卒業以来だけど、全然変わってないね」
湿り気のある黒髪を胸の高さまで伸ばす彼女は、先に店内でコーヒーを飲みながら待っていたようで、茜たちが入店するのを認めると笑顔で手を振る。スタイルの良い彼女は遠目からでも美人だとわかり、周囲の目を引いた。
「あ、これが話してた従兄の忌一ね」
後ろに続く少し陰のある青年を指差して茜は言う。
白いシャツとGパンに、灰色のジャケットという出で立ちで、一見小ざっぱりはしているものの、目つきや雰囲気が彼をあか抜けさせない。忌一は小さな声で「どうも」と恐縮した。
「初めまして。赤羽伊織です。今日はお忙しいところわざわざすみません」
「い、いえ。お構いなく」
伊織が差し出した手を忌一が握ろうとすると、横からスパンと叩かれる。
「全然忙しくないから大丈夫。忌一はずっと暇人だし、握手する価値も無いから!」
「茜ちゃん……握手くらいはよくない?」
「鼻の下伸ばして何言ってんの? 彼女は女優の卵なんだから、忌一が簡単に触れていい相手じゃないの!」
伊織は茜の大学時代の親友で、当時は演劇サークルに所属していた。卒業後も女優を目指したいと、地方へは戻らずにそのままこの街で劇団に所属して頑張っている。
現在不動産屋の事務員として働く茜にとって、夢を追う彼女は眩しくもあり、羨ましい存在であった。茜は彼女の一番の理解者でありたいと、陰ながら応援しているのだ。
そんな二人が今回二年ぶりに再会したのは、彼女の所属する劇団の公演に、主演での出演が決まったいう連絡がきっかけだった。
「もしかして忌一さんは……茜の彼氏?」
「まさか!」
「でもこの前キス……」
そこまで口走った忌一の顎を、茜の手が容赦なく掴み上げる。忌一の唇はタコのように突き出し、それ以上何も喋れなくなった。
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