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ホームに電車は停車していなかった。母と話している間に発車してしまったのだろうか。
小さな発車表示版を見上げ次の電車を確認した所、十時十五分の発車のようだ。
自分の左腕に嵌めている腕時計に目を落とす。母に買ってもらった、新幹線の腕時計だ。
現在の時刻は、十時丁度。
大丈夫。きっと辿り着ける。
お気に入りの時計を眺め、和也は気分を奮い立たせた。
少し時間がある為、和也はホームのベンチに座って電車を待つことにした。
電車が発車したばかりのせいか、ホームには人がいなかった。いや、田舎だからかも知れない。
時折フラフラとやってくる鳩を眺めながら、電車を待つ。
五分ほど経過しただろうか。
ふらついていた鳩もいなくなり、和也はぼんやりと向かいのホームを眺めていた。
相変わらず人は来ず、鳥の鳴き声だけが響いている。やっぱり田舎だ。
欠伸を噛み締めていると、向かいのホームに駅員が現れた。
見慣れた黒い制服を着た男性だ。比較的若いように感じられるが、真正面ではないためよく分からない。恐らく向こうからも和也はよく見えていないだろう。
駅員はホーム先端に立つと、左右を確認してから線路を覗き込んだ。
その姿勢のまま手を伸ばす。
ハッキリとは見えないが、手を伸ばした先にあるのは恐らく傘だ。
――あれじゃあ、届かないに決まってるよ。
内心、どこか馬鹿にしたように拾おうとする駅員を見ていた。
だが次の瞬間、度肝を抜かれた。
真下にあった傘が、ゆっくりと浮き上がり始めたのだ。
――何で? どうして?
想定外の光景に、和也は思わずベンチから立ち上がった。
傘は手に届く高さまで浮き上がり、駅員は傘を掴むと体を起こした。
そして、何事もなかったかのように階段を登り、ホームから去って行った。
――きっと、あれは超能力だ!
小学校の図書館で読んだ超能力の本が、頭に浮かんだ。
物を触れずに動かしたり、瞬間移動したりする力だ。
本当に存在したのだと思うと、ワクワクした。
興奮を押さえきれない和也の目の前に、乗車する電車が入線して来た。
乗車して席に座っても、どこか違う世界にいるようなワクワク感は変わらなかった。
いつもなら、祖父母と何をして遊ぼうかと考えるのだが、今日はそんな事を考えられなかった。
未だに心臓がドクドクと激しく鳴り、流れる景色を楽しむ余裕も無い。
――隠しているだけで、超能力を使える人は沢山いるのではないだろうか?
ふと、そのような考えが浮かんだ。
思わず車内を見渡す。本を読んでいる男性、楽しそうに話をしている老夫婦、赤ちゃんを抱いた若い女性。
何も変わったところは無いように見えるけれど、人の見ていないところでは超能力を使っているのかもしれない。
和也は自らの手のひらを眺めた。
――自分も、超能力に目覚めることは出来るだろうか?
もし目覚めることが出来たら何をしようか……。
そんなことを考えながら、車窓を眺める。
当然、祖父母の家に到着して直ぐにその話をしたのだが、祖父母は面白半分に聞いていただけで信じてはくれなかった。
その後、再び超能力を使う場面に遭遇できないかと思ったが、家から駅までは車が必要な距離であり、次第にその出来事自体を忘れてしまった。
思い出したのは、高校三年生の就職活動の最中だった。
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