生きがい幽霊

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生きがい幽霊

パソコンの画面を開く。毎日、毎朝、まるで儀式のようにパソコンとにらめっこだ。オンラインでしか会えない君。 そんな君と朝の挨拶を交わすと、一日がハッピー。ありきたりだけど。僕の唯一の生きがいだった。 「おはよう」 「おはよう。今日が最後。もうオンラインチャットはしないの。じゃあね!」 いつもの儀式が、急降下で最悪事態に陥った。僕の生きがいが、一瞬にしてジ・エンド。なんてことだ。    そもそもオンラインチャットなんて、所詮、偶像の賜物。わかっていたことだが、気づかないふりして毎日楽しんでいた。僕にとって、バーチャルでも「人間」と会話し、画面越しでも顔を合わすのは大切なことだった。  これで、僕は唯一の生きがい、他の人間との接触が失われた。   ここは、地球の果てか、それとも地球でないかもしれない。ある日を境に僕は、独りぼっちで家ごと放り出された。家から出ることが出来ない。出ようとしたら、とてつもない圧が何処からかかかり、出ることを阻害された。そんな環境なのに、なぜか、水やガス、電気が使え、朝起きると、生きていくのに必要な食料が、用意されている。なんとも不思議で奇妙なことだ。僕は家から出ることができないのに、食料が家の中にあるなんて。 ずっと、寝ずに見張ってやろうと行動したこともあった。だが、眠気が全く起きないように感じる夜でも、気が付けば、気を失うように寝落ちているのだった。 用意された食料になにか仕掛けてあるのかもしれない。 様々な不条理に苛まれ、精神を崩壊させるよりも僕は、この状態を受け入れることにしたのだ。それは、まさにオンラインチャットが用意されて、「君」に会えていたからだった。 「これからはどうしよう」 朝の儀式が無くなる。「君」に代わるオンラインチャットは見つからない。そう、パソコンはもうオンライン機能が無くなってしまったのだ。 君が消えたのは、ある意味、用意された必然だったんだね。 さあ、これからどうして生きていくか。パソコンの次は、食料、そして電気などなど止められて、やがて死に向かうのか。それとも、そうなったら家から出ることができるかも。 「君」がいなくなって一週間くらい経った頃。ぼくはまだ生きている。相変わらず、家から出ようとすると圧がかかる。食料も電気も水もガスも変わらず、供給されていた。 窓から外の景色を見ようとしても、だめだった。僕の家は窓があったのに、なぜかその窓の部分は壁に作り替えられていたのだった。 僕には家族がいた。妻と、3歳になる娘。妻や娘は何処で暮らしているのか。生きているのだろうか。もう二度と会えないのか。家族と断絶され、他の人間とも断絶され、虫一匹さえいないこの不毛な家に独りぼっち。家族と暮らした家だが、娘や妻の持ち物、痕跡は一切取り除かれ、僕だけの空間として機能していた。 そんな家から出ることも、なにかしら行動することもできず、日々、草のように生きるだけの生活。いや、これが生活といえるのだろうか。 行動。なにもできないなんて思い込みかもしれない。この状態の僕を知っている者がいるから「食料」など運ばれるのだ。その「何者」かとアクセスする方法はきっとあるはずだ。
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