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 僕はキーボードを打つ手を止め、振り返って声の主を睨みつけた。  自分とは対照的な男臭い容姿が、コンプレックスをごりごりと刺激してくる。  細面の輪郭に浅黒く日焼けした肌。まっすぐで硬そうな短い黒髪。高い鼻に引っかけるようにした細い黒フレームの眼鏡。皮肉に持ち上げられた眉と、垂れ気味だが油断のなさを感じさせる目。口には薄ら笑いを浮かべ、尖った顎にはうっすら無精髭が浮く。  そこそこ整った顔立ちだが、こういう人間に気を許しちゃいけない、ということは僕の少ない人生経験からでもわかる。上下を入れ替えようが裏表を返そうが、どこから見ても「悪い大人」だ。  デスクの上に放置していた二枚の名詞に目をやる。この男に手渡された方には「週刊『一瀉―ISSHA―』記者 後藤克樹(ごとうかつき)」とある。スクープを連発する週刊誌の記者らしく、いかにも押しが強くて無頼な雰囲気の男だ。
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