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「――噂では、この辺りのはずだけど……」
二人は、校庭の端にある、用具倉庫を目指していた。
「この倉庫の中で生徒が殺されて、殺した犯人はその死体を木の下に埋めた。だっけ?」
校庭のフェンスを背に立つ倉庫を、携帯のライトで照らしながら確認するシンタに、ユウキは「うん」と頷く。
「で、それ以来、女の子が殺された夜9時頃になると、倉庫の前からその木まで血染めの足あとがついてる、ってやつだな」
「……それで?」
「ん?」
「ここからじゃ、その足跡って見えないんじゃないの?」
シンタは、倉庫の背面を前にしたまま動こうとしないユウキに指摘した。
ユウキは、んーんんーと鼻を鳴らしながら、目をそらしている。
こいつ、いざ真っ暗な校庭見たら、怖くなったんだな?
数年前に参加した町内会の肝試しでも同様の行動をしていたため、シンタはすぐにぴんと来た。と同時に、深い溜め息をついた。
「……帰る」
「待て待て待って、なんでだよ!」
来た道の方へ体を向けるシンタを、ユウキは彼の腕を掴んで必死に引き留めようとする。
「いや、行く気がないみたいだから。それならさっさと帰ろうぜ」
「お前は行く気ないのかよ! ここまで来たのに!」
「それはオレのセリフだっての! だいたい、お前が勝手に決めてオレを引っ張ってきたんだろうが!」
シンタも思わず声が大きくなり、二人してぎゃあぎゃあと騒ぐ。――近所迷惑になりそうな騒音だが、それは周囲に広がる闇に吸い込まれていた。
「だいたい、お前は怖がりのくせにいつも、――」
しつこく自身を留めようとするユウキを振り返った瞬間、シンタは動きを止めた。
言いかけた言葉も続けることなく固まったシンタに、ユウキも思わず引き下がる。
「えっ……何、どうした?」
「……あれ……足あとじゃないか?」
声を低めて答えられたそれに、ユウキは息を飲む。シンタは、彼の後方にライトを向け、その先を凝視しているようだった。
ユウキの背に、どっと冷や汗が出る。
「な、……なに言ってんだよ。ここからじゃ足あとは見えないって、さっきお前言ってたじゃん」
「あっち、ジャングルジムの裏にデカい木があるだろ。そっちの方に続いてるの、ここから見える」
シンタはユウキを見ず、顎でその方向を指し示した。
ユウキは、シンタの様子にすっかり縮み上がってしまった。後ろを振り向くこともできず、かと言って前に足を出すこともできない。
シンタは、そんなユウキの状態を知ってか知らずか、隣に立つフェンスに手を掛けた。
「なっ、何してんだよ!」
「噂が本当か確かめる」
ユウキは、信じられないという顔でシンタを見る。
「やめろって! 殺されたらどうするんだよ!」
「殺されるなんて話は聞いたことないぞ」
冷静な声音だが、何か衝動に駆られたようにガシャガシャとフェンスを上り始めるシンタを、先ほどとは正反対の理由でユウキは引き留める。
「お前、さっき、見たら帰ってこられないって言ってただろ!」
「あれはオレの予想で、噂はされてないし」
「けど――」
「怖いなら、お前ひとりで帰れよ」
更に言い募ろうとするユウキの言葉を遮り、シンタは言い放った。
ユウキは、それを受けて泣きそうになり、掴んでいたシンタの服を放した。その間に、シンタはフェンスを上りきり、校庭へ降り立つ。
フェンス越しの今にも泣き出しそうなユウキの顔を、シンタは少し睨むようにして見た。
シンタの目を見たユウキは、ぐっと唇を噛みしめると、少し迷いつつも宙に浮いたままだった手をフェンスに掛けた。
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