血染めの足あと

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 ユウキもフェンスを越え、倉庫の前が見える位置まで、二人は恐る恐る近付いていく。先を行くシンタが、ライトでそこを照らした。 「――血染めの、足あとだ」  運動場の砂地が、点々と赤黒く踏みしめられている。まるで倉庫から出てきたような形で、それは確かにあった。  シンタの後ろからそれを覗き込み、ユウキは音を立てて唾を飲み込んだ。 「なんで本当に血なんだよお……足ケガしてんのかよお……」 「恐怖限界突破して変なこと言うなよ、気が抜ける」  最初の威勢はどこへやら、予想していたとはいえすっかり弱ってしまったユウキをたしなめながら、シンタはライトを足あとが向かう方向へ動かした。  あまり遠くまでは照らせないが、外から確認したとおり、ジャングルジム裏の木がある方へと足あとは向かっているようだった。 「……けど、霊じゃなくて本当に怪我人(けがにん)がいるかもしれないから、とりあえず追うぞ」 「お前は、なんでそんな肝座ってんだよお……意味わかんねえ……」 「お前がそんなだからだよ」  軽口を叩いてはいるが、シンタもあまり気が気ではなかった。実際、ユウキが怖がりすぎているせいで平静を保ててはいるが、大量の出血がなければ作れない目の前の光景に、怖気(おぞけ)を感じないはずはない。  二人そろって、ゆっくりと、足あとをたどっていく。極力足音を立てたくなかったが、砂が撒かれている地面をスニーカーで行くのに、それは難しい。ざり、ざり、と靴底が砂粒と細かい石を擦る音が、二人の耳にはかなり大きく聞こえ、それがより恐怖を煽る。  手に持つ携帯のライトのみを光源に、周囲を包む夜の闇を押し退け、血と思われる暗色の赤色で形作られた足あとを追う――それは、あまりに非日常的で、二人には永遠とも思えるほど長い時間だった。  足あとの傍に、砂とは違うものがようやく見えた。ジャングルジムの足だ。  それを見て、二人の心臓は同時に跳ね上がり、歩みが止まった。 「……この裏に続いてる」  足あとは、ジャングルジムを回り込む形で続いている。恐らく、裏にある木の方へ、続いている。  一度跳ねた心臓は、そのまま早鐘を打ち、急いで全身に血を巡らせる。だというのに、二人の身体は冷え切っていた。  意を決し、シンタは一歩を踏み出した。ユウキも、震える足でなんとかそれに続く。  ライトの端に見えるジャングルジムの鮮やかな青い塗料までもが、不気味に見えてくる。  数分後、ジャングルジムの足が途切れた。足あとは、その後ろに続いている。  木の根元辺りには草が生えていて、それは大体ジャングルジムを抜けた辺りから徐々に始まっている。踏みしめられた草が、赤に(まみ)れ汚れていた。  この先に、死体が――。  心臓の鼓動で、身体が振動する。足あとを照らす光の円が、その振動と、緊張と恐怖に連動して震える。  このライトを、少し上にずらせば、木の根元が見える。足あとが向かった先が。  シンタは、唾を飲み込み、鼻から大きく吸った息を口から深く吐いた。そして、それを実行すべく、携帯を持つ手に力を込め――。 「何してるの?」  突然聞こえた自分たちとは違う声に、二人は言葉に表せない悲鳴を上げた。  声の主は、その不協和音のデュエットに自身の両耳を押さえた。 「うるさっ。何よ、いったい」 「な、なんだ! 誰だ!」  シンタは、かろうじて取り落とさなかった携帯を声がした方へ向けた。  そこには、ひとりの少女が立っていた。 「誰って、ここの生徒だけど」  少女は、あっけらかんとシンタの質問に答えた。  そのあまりにも平然とした態度に、シンタは膝から力が抜けかけたが、なんとか耐える。 「何やってんだよ、こんな時間に!」 「それは、あんたたちもでしょ。卒業間近だっていうのに、こんなことして。卒業取り消しになっても知らないわよ」 「えっ! 小学校卒業できないなんてことあるの?」 「ねえよ、バカ!」  涙目どころか既に泣いている状態でボケた発言をするユウキに、シンタは強い口調で律儀にツッコミを入れた。  少女は、突然の事態に混乱する二人に対し、呆れた様子でそのまま続ける。 「……卒業どうこうは確かに冗談だけど、こんなことしてるのがバレたら先生に怒られるのは、本当のことでしょ」 「それはそうだけど……」 「特に、あんたは私立の中学校に行くんでしょ? 卒業はできても、せっかく合格した学校に行けなくなるっていうのは、有り得るじゃない」  少女の指摘に、シンタは言い返せず、ぐっと言葉に詰まった。  シンタを言い負かした少女は、二人に向けて、しっしっと手の甲を向けて手首を振る。 「ほら、出口まで一緒に行ってあげるから。早く帰った、帰った」 「なんだよ、偉そうに」  ユウキは少し落ち着いたようで、シンタの背後に隠れたままではあるが、ほぼいつもの調子で少女の言葉に口を尖らせた。  そんなユウキを、少女は睨みつける。 「先生に言いつけるだけじゃなくて、主にあんたについてはビビリだっていうのを、みんなに言いふらしたら()いかしら?」 「わかった、わかった! ごめんって! シンタ、早く行こうぜ!」 「あっ、おい!」  少女の脅しに、ユウキは慌ててシンタの手を取ると、もと来た道を引き返し始める。  ぐいぐいと遠慮なく引っ張られるのに小言を言いながらも、シンタはその力に抵抗することなく、歩いていく。  少女は、それを微笑みながら見つめ、その後ろをついていった。
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