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入ってきたフェンスまで戻ると、ユウキは早々にそれを乗り越え、外の道に降り立った。
シンタも続くべく、フェンスに手をかける。
「気をつけてね」
「大丈夫だよ。入る時に全然いけたし」
気遣う少女の言葉に対し、シンタは事も無げに答え、足もかけてフェンスを上り始める。
少女は、それにくすりと笑った。
「それもそうだけど、こんな、下手な調査隊みたいなことをするのを、よ」
「調査隊じゃなくて、肝試しだよ!」
フェンスの向こうから、ユウキが反論する。
だが、少女は笑顔のまま、「どっちだって同じよ」と言った。
「『好奇心は猫をも殺す』って言葉、あるでしょう」
フェンスの上まで上ったシンタは、跨いだ状態で止まり、少女を見下ろす。
「七不思議なんて、所詮は誰かの噂話。人の口で伝わった話は、形を変えていく」
「……どういうことだ?」
少女を見つめる。少女は、フェンスの傍に立ち、自分をまっすぐに見上げている。
だが、少女の姿かたちが、わからなかった。特徴がつかめない。髪型や顔の造形、何もかもの情報を捉えられない。
シンタは目を見開く。
つい先ほどまで違和感はなかった。――なかった、はずだ。
目の前の事象と、何故かそれに気付いていなかったという事実に、瞬間的に肌が粟立つ。
そこで、連鎖的にあることを思い出し、シンタは更に気付いてしまった。
――なんで、この子は、オレたちが6年生で……オレが、私立中学に進むことまで知ってるんだ?
会ったことなどないのに。会ったことがあるはずないのに。
こんな――目の前にいても、はっきりと姿が認識できない奴に、会ったことなんてあるわけない!
理屈で説明ができない意味不明な状況に、とにかく早くフェンスを越えようと、校庭側に残っている足を引き上げた。
ガッ、と、踵がフェンスの淵に引っかかった。
「――シンタ!」
ガシャンッ、と派手に身体がぶつかり、フェンスが揺れる。
体勢は崩したが、必死に指を引っ掛け、落下を免れた。間一髪の状態に、嫌な汗が全身から噴き出した。
「だから、気をつけてって言ったじゃない」
フェンス越しに少女が言う。シンタは、顔を上げられなかった。
足元を見たまま、慎重にフェンスを伝い下りていく。あくまで、それは落ちかけたからだと、自らに言い聞かせた。そうして、自分が気付いた事を悟られないようにと、平静を装った。
「そうだ。私に会ったことは、誰にも言わないでね。君たちが忍び込んだことは、内緒にしておくから」
「おう、わかった」
ユウキは、すっかりいつもの調子に戻り、少女の言葉に素直に頷いた。そんな彼の何でもない対応が、シンタにはとんでもなく恐ろしいものに感じられた。
道に足を着けると、ふわふわと現実感がないように感じ、思わずよろける。それを見て、慌ててユウキが支えた。
「大丈夫かよ、シンタ。どこかケガでもしたか?」
「……大丈夫。なんでもない」
携帯のライトで、身体のあちこちを照らされるのを、シンタは呆然としながら見ている。生きた心地がしなかった。
「それじゃあ、帰りも気をつけて。私は、あっちに行くから」
「うん、じゃあなー」
ユウキが少女に別れを告げた瞬間、シンタは彼の手を取り、駆け出した。
ユウキはわけがわからないまま、半ば引きずられるようにしてその場を去った。彼が何かしら大声で訴えているのは、しばらく尾を引いて校庭に届いた。
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