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「ハル」
雪を気にしているのか、立ち止まって見上げていた顔が振り向いた。
「アオ」
僕を認めて、ふわりとほどけるように笑う。
いくつになっても変わらない、とはよく言ったもので、ハルのこの笑い方は昔から変わらない。けれどこれが誰にでも向けられるわけではないことを、あの頃とは違って今の僕は知ってしまった。
「どうしたの」
そんなに走って、と目を細めた頭には雪が積もり始めている。鼻を赤くした様はまるで子どもで、こちらがどうしたのと言いたくなった。
「分かんないとこでもあった?」
「――ないけど」
今年大学院に進学したハルと、僕は同じ専攻に進んだ。ゼミは違うから会うことは少ない。興味があったから、と口にした、嘘ではないけれど本当でもない理由をハルがどう受け止めたかは分からない。
「見えたから、たまたま」
「ああ、ゼミ室。また春日さんと二人?」
「別にそういうんじゃないから」
「はいはい」
知ってる、と笑うハルは、昔はそんなことを言わなかった。色んな何で、を飲み込んで、僕はハルの頭に手をやった。ハルが何ごとかと上を見るから、僕は「雪」とだけ伝える。
指先に冷たさが走って、その奥で柔らかな髪に触れる。わさわさと雪を払うと、ハルが小さくはにかんだ。ぐしゃぐしゃにしてしまいたい衝動にかられた手をぐっとこらえる。おかしくない程度に髪型をそっと直して、僕は気づかれないように息を吐いた。
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