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「新しい雪の上を歩いたらいいのに」
「だって」
僕はハルから目をそらした。
新雪を踏みしめるよりもハルの足跡をたどる方が、ハルの足跡に僕の足跡を重ねる方が、僕にとってはずっと魅力的だ。そんなことをどうして伝えられるだろう。
「でもいいね」
うつむいた僕にハルが一歩近づく。濡れた手をコートの端でぬぐって、ハルは僕の頭に手を置いてからくしゃくしゃと撫でた。
「足跡が違うから、僕とアオが歩いたことが分かる」
僕は思わず顔をあげた。ね? と首をかしげたハルはにこにことしている。
吹いた風がどきどきをさらってしまったように身体の音が止んで、僕はひどくほっとした。恥ずかしくて、ハルが眉ひとつしかめなかったことが嬉しくて、なんだか体の奥が熱かった。
――気づくと雪が降っていた。
いや、もしかしたら視界の端で捉えていたのかもしれない。論文を読んでいたつもりが、いつの間にか昔のことを思い出していた。文章を辿っていたシャーペンの先は、アンケート調査を分析したグラフに薄く途切れた線を描いていた。
ほろほろ落ちていく雪はしばらくと前から始まっていたようで、そう広くないゼミ室の窓から見える範囲だけでも、既に地面を白く覆っていた。
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