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傷心の俺が家に帰ると、家族勢ぞろいで話があると言われた。
何事かと思えば今日を限りに『桜の湯』を閉めると言うのだ。
百年続いた『桜の湯』。
曾祖父さんから祖父さん、祖父さんから親父、親父から俺に渡るはずだったバトン。
それは突然俺の前でぽとりと落ちた。
百年続いたといえば聞こえはいいが、あちこちガタがきてるただの古臭い風呂屋だ。
だけど、俺には落ち着く場所で、一番好きな場所で、受け取ったバトンを俺も誰かに渡すんだと思っていた。
だから凛太朗を諦めたのに――――。
「―――はぁ?」
思わず苛立ちにも似た不機嫌な声が出た。
「お前には悪いと思っている。だが、時代の流れには逆らえないんだ。改装してコンビニにするつもりだ。お前には小さい頃から風呂屋の跡継ぎとして頑張ってもらった。だけど、もういい。これからは好きな事をやりなさい」
そう告げる親父の顔が何かを諦めたしょぼくれた顔じゃなくて、未来を見ている男の顔だったから俺はそれ以上何も言えなくなった。
親父を責める事はできない。そんな事は分かっている。
理想だけでは家族を養えない。生きていく為には英断と言えるだろう。
だけど…だけどさ―――。
部屋で一人ベッドに寝転がり、無駄にスプリングのきいたベッドを殴り続けた。
*****
それでも時間が経つと冷静になってくるもので、『桜の湯』を失う事は無理やりにでも納得しようと思った。
何より辛いのは自分より祖父さんと親父の方だろう。
だから俺はこれ以上落ち込んでいてはいけない。
形はどうであれ親父は家族を守る道を選んだんだ。
だから俺も俺の大事なものを守っていいんだ……。守っていきたい。
――――凛太朗…。
守りたかった凛太朗を自分が傷つけてしまった。
『桜の湯』が無くなるのは仕方がない事だとしてももう少し早く言ってくれたら、と思わずにはいられなかった。
「―――言うのが遅いんだよ…っ。昨日聞いてたら…」
俺は凛太朗を泣かせる事はなかったのに―――。
やり場のない怒りに俺はその日眠る事ができなかった。
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